« 甲府初代藩主柳沢吉保さんは三富新田で見直せ | トップページ | アイヌだけじゃない日本の少数民族を知ろう »

2007年9月11日 (火)

フランシーヌの場合はビアフラ戦争

新谷のり子の「フランシーヌの場合」という歌は覚えていますが、何の歌だったっけ?

新谷は学生運動の闘士で三里塚闘争に参加したの後、この歌をヒットさせました。

「フランシーヌの場合は、あまりにもおバカさん。3月30日の日曜日パリの朝に燃えたいのちひとつフランシーヌ」

僕は7歳だったのですが歌詞はよく覚えています。

これはフランシーヌ・ルコントという女性がパリで政治抗議して焼身自殺した事件のことを歌ったものです。

抗議したのはべトナム戦争とビアフラ内戦による飢餓です。

彼女は精神を病んでいたと言われています。

ビアフラを知らないって?

1967年ナイジェリアのイボ族が軍事政権に反発し東部州を独立宣言しました。これがビアフラ共和国の建国です。

ナイジェリア政府は経済封鎖し7月6日戦争状態になりました。民族対立と石油利権が原因とされています。

1970年にビアフラは滅亡しました。

閉じ込められたとき200万人の餓死者を出しました。

この映像は子供の僕にはショッキングなものでした。映像が伝える最も悲惨な戦争状況ではなかったでしょうか。それが2年半続いたのです。

子供たちはお腹がぷっくり膨らんで死んでゆくのです。

「あまりに食べないとお腹が大きくなるのかあ」「宮入貝(山梨の地方病)みたいだなあ」

不謹慎にも食べ過ぎたときはお腹を突き出して「ビアフラ!ビアフラ!」と遊んでいました。すみません。

これをルポしたのはBBC特派員だったフレデリック・フォーサイスで「ビアフラ物語」を出版しました。映画化された「戦争の犬たち」もビアフラをモデルにしています。

この頃は妙な歌謡曲が歌われました。

1970年2月左ト全がバックコーラスのひまわりキティーズと歌ったのが「老人と子供のポルカ」という歌。

「やめてけれ、やめてけれ、やめてけーれゲバゲバ」

このゲバというのはゲバルトで学生運動や過激派の流血の時代だったのです。

2番は「やめてけれジコジコ」これは交通事故

3番は「やめてけれストスト」ストライキね。

コーラスにはLe Coupleのemiが入っていたのは話題になりました。

左は翌年に亡くなりました。

1970年の世界歌謡祭でグランプリを受賞したのはヘドバとダビデというイスラエル人デュオの「ナオミの夢」です。

スーパーモデルのナオミ・キャンベルのようにどうして日本のナオミが出てくるのか不思議に思いますが、ダビデとかナオミというのは旧約聖書に出てくるよくある名前です。

同級の皆川おさむがヒットさせた「黒ネコのタンゴ」なんてのもあったな。

|

« 甲府初代藩主柳沢吉保さんは三富新田で見直せ | トップページ | アイヌだけじゃない日本の少数民族を知ろう »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/178596/16418467

この記事へのトラックバック一覧です: フランシーヌの場合はビアフラ戦争:

» 【F1動画】F1GP 1970年 スパフランコルシャン [F1GPニュース・動画WEB]
1970年、F1ベルギーグランプリ。スパフランコルシャン。エンジン全開で駆け上がるオールージュは、ドライバーの勇気が試されるコーナー。1970年のスパも1周14キロを越えるフルコース・・・オールドコースが使用されたようです。F1 - 1970 Belgium Grand Prix - Spa-FrancorchampsF1 Spa-Francorchamps 1970フェラーリ ワッペ�... [続きを読む]

受信: 2007年9月15日 (土) 23時04分

« 甲府初代藩主柳沢吉保さんは三富新田で見直せ | トップページ | アイヌだけじゃない日本の少数民族を知ろう »