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2008年2月19日 (火)

武田軍の秘密は金山

日本銀行の見学に行ったときのパンフレットを読んでいたら甲州金の話が書いてありました。

東京大学人文社会系研究科の今村啓爾教授の発掘調査の内容がありました。

金貨のルーツは甲州金です。

戦国時代の軍資金です。

甲州金は一両が四分、一部が四朱でした。これは江戸幕府でも採用されることになります。

銀貨はありませんでした。

武田家の黄金伝説も多いのですが有名なのは黒川金山です。

金山の運営は「金山衆」で職能集団で武士であると同時に工作部隊でもありました。

黒川金山は塩山(現甲州市)にある鶏冠山の東にあります。

広大なテラス群、埋もれた坑口、粉砕用石臼などが残っていて「黒川千軒」と呼ばれる規模と保存の良さに魅せられたそうです。

今村先生は、この金山の鉱山史の重要性から1986年から発掘調査をしています。

1530年には始まり16世紀末には衰退して、17世紀中ごろに消滅したようです。

つまり武田信玄の時代になります。島根の石見銀山も同じ頃です。

江戸時代には産出しなかったようです。

最大時1000人近くが住んでいたようです。

遊女もいたという話で近くに「おいらん淵」(銚子滝)という場所もあります。

金堀りたちは土木工事の請負業となって猿橋の架け替えなどもやったようです。

金山衆は全国の鉱山に散らばったほか、一部は一之瀬などに移り住んだとも言われています。

甲州の技術は他の鉱山に伝わり、他にも常陸の用水工事などの技術として水田技術にも応用されています。

1997年に黒川金山遺跡研究会「甲斐黒川金山」(塩山市)に報告され、国の史跡にも指定されることになりました。

参考は、今村啓爾著「戦国金山伝説を掘る」(平凡社)。

そのうち、世界遺産に登録できるか見に行ってきます。

なお、下部町(現身延町)には湯之奥金山博物館があって砂金掘り体験ができます。

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