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2008年3月27日 (木)

建築紛争の言い分に足りないもの

マンション建築など開発の紛争や訴訟が増えています。

景観、圧迫感、調和など主観が入るものですからたいへんです。

地下室マンション、空ぼり、一建築物一敷地、日照権、ビル風、タワーマンションなど高さ、天空率と絶対高さ規制、駆け込み建築、総合設計による容積率アップ、赤白ストライプ(笑)、交通量の増加や渋滞、ワンルーム、風致地区などの街並み破壊・・・

突如、高いマンションなどが建つと反対運動がおきますよね。

違法でなくても街並みを破壊される気持ちになります。

デベロッパー側からすれば違反がない以上、その前提で素地を購入していますから、少しでも削られれば利益は吹っ飛ぶでしょう。

できないなら最初からできないと決まりがあればよかったはずです。

民事では解決できず行政訴訟しても同じ。住民はますますヒステリーになります。

まあ、「弱い住民対悪いデベロッパー」の対決の構図で、行政に矛先が向かうわけですね。

となると事前にルールを決めておけばいいと思うはずです。

強い建築規制を、となるわけです。

だいたいこれが結論。

でも地区計画や都市計画の変更まではされない。

こうした議論に決定的に足りないのは、これから住む潜在的な住民のことです。

「将来の住民」は、供給が減る分、高い買い物をさせられる。

買う場合も借りる場合も。

規制を強くして供給を減らすことで希少性で高まるものの、自分の敷地も将来性も悪くなるので資産価値は変わらないけど、住環境の良さを保持できればその分価値は高まる。

ところが住民は強い規制は自由度が減るので自分の土地に変更はさせないにも関わらず、新規参入者には主観的な理由で排除しようとしているのです。

既存の住民は自分達はもう住んでいるから将来の住民を犠牲にして資産価値を高めようとしているにも等しい。

つまり既得権益化している。

こういう問題を考えるときには、「既存の住民対将来の住民」の視点で考えないと誤る。

建築・都市計画家、人権派弁護士、ヒステリックな住民運動家、環境派、おせっかいな行政などの人たちに共通するのは「住民対デベロッパー」の対立軸ばかり考えていること。

環状7号線内には容積率や高さ制限は撤廃してもよい。

こんなところに低層の戸建で住んでいるなんてエゴ以外の何者でもないと思う。

時代の推移も考慮しないていけない。

世田谷あたりに巨大マンションできても、そういう場所に変貌していると思えばむしろ低層の住宅が並んでいる方が奇異に見えてくる。

最悪なのは厳しい水準をつくっておいて行政の裁量で緩くするという考え。

行政に権限を与えるなんて本末転倒。

相続税を優遇して画地の細分化に歯止めをかけるなんて言う人もいるけど、木を見るだけの政策なんて間違っている。

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コメント

環七の内側は高さ制限撤廃なんて、それこそ「将来の住民」と「デベロッパー」のエゴ以外の何者でもないでしょう?

江戸時代以来数百年の歴史が積み重なっている街ですよ?
どうしてそんな乱暴な発言ができるんですか?

街にしろ建物にしろ、一度破壊してしまったものは決して以前と同じようには戻らないという視点がなければ、これからの都市環境は語れないですし、行政にはそこまで考慮した都市計画が求められていくのではないでしょうか。

いずれにしても、現代の日本の都市景観は欧州に比べるべくもありません。

投稿: | 2008年4月13日 (日) 16時22分

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