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2008年6月 3日 (火)

月曜日の雨の日に思う30年前の事件とアフリカ救済

昨日は雨の月曜でした。

1979年1月29日(月)サンディエゴの16歳の少女が自宅の向かいにあるクリーブランド小学校でライフル銃を乱射しました。

2人死亡。8人を含む9人負傷。

犯人は問われて「月曜日は嫌い」と答えました。

みんな月曜日は好きじゃない。

カーペンターズ「月曜日と雨の日は」、サザエさん症候群とか。

この事件は全世界に衝撃を与えましたが僕も大きなショックを受けました。

この2ヵ月後にカリフォルニアに行く準備をしていたのですから。

朝日新聞にも大きく載りました。

犯人はブレンダ・アン・スペンサー。

僕と同級。

おそらくブレンダは、翌年の12月8日のマーク・チャップマン(1955年5月10日生)、翌々年3月30日のジョン・ヒンクリー・Jr(1955年5月29日生)までは一番有名な犯人だったはずです。

この事件に触発されたダブリンの28歳(スティングと3日違い)のミュージシャンがいました。

ボブ・ゲルドフです。

先週横浜「第4回アフリカ開発会議」でボノ(ダブリン出身)の横に座っていた目の鋭い男です。

もちろんU2やボノは大スターですし、慶應大学は名誉博士号を授与するし、福田首相も会うし。

でも影の仕掛け人はこの口の悪いパンク精神を持ったアイリッシュなのです。

彼はすぐに「I Don't Like Mondays(邦題:哀愁のマンデイ)」をつくって1ヶ月もしないうちにサンディエゴで演奏しました。

7月にリリース、全英1位になりました。

まだパンクがくすぶっていた頃のパンク/ニューウェーブのバンド「The Boomtown Rats」です。

この曲は彼らの2曲目の大ヒットになります。

1980年83年に来日しています。

ボブは1981年のアムネスティ主催のシークレット・ポリスマンズ・アザー・ボール」コンサートに参加してチャリティに目覚めました。

エチオピア飢饉を見たボブは、ミッジ・ユーロ(ウルトラヴォックス)と共に「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」(Do They Know It's Christmas?) を作曲しました。

1984年にはバンド・エイドを企画、翌年にはライブ・エイドを敢行。

これはアメリカに飛び火して有名な「USA for africa」となります。

ボブ自身もコーラスで参加しています。

これでボブはナイト爵位を与えられ「サー・ボブ・ゲルドフ」となります。

「哀愁のマンデイ」は1994年には再リリースされ95年にはボン・ジョヴィによってカヴァーされています。2000年になってからもトーリ・エイモス、G4などもカヴァーしています。

2006年にはノーベル平和賞のノミネート。

反ユーロなのでヨーロッパ諸国には頼まない。

バンドは1986年に解散しています。

そうそう、犯人のブレンダは25年以上の終身刑で現在も服役しています。

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コメント

いきなりですみません。神楽坂の旅館『若可菜』の所在地を教えてください。

投稿: ふくちゃん | 2008年6月 4日 (水) 20時00分

それから電話番号も教えてください。おねがいします

投稿: ふくちゃん | 2008年6月 4日 (水) 20時03分

米国の銃による乱射事件は後を絶てませんね。ticket

投稿: 台湾人 | 2008年8月27日 (水) 21時25分

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