« 観なかったオリンピック種目 | トップページ | 板橋宿の連坦性はいまひとつ »

2008年8月26日 (火)

防衛研究所で史料を調査した

先週のことですが、恵比寿にある防衛省防衛研究所を訪問しました。Dscn1224

そこにある図書館(史料閲覧室)で調べたいことがあったからです。

僕の父方のおじいさんは海軍にいたらしいのですが、詳しいことは知らないので調べたいと思ったからです。

僕の生まれるとっくの昔に亡くなっていて、僕は生年月日すら知らないのです。

まず、お盆に帰省したとき市役所で戸籍を調べました。

簡単にわかると思ったら壁にぶちあたりました。

今では結婚する毎に戸籍がつくられて、その世帯の全員が死ぬと閉鎖されます。だから閉鎖戸籍をとる必要があります。

直系は取ることができるので調べることができるわけです。

やっと生年月日と死亡日を知ることができました。

それにしても手書きの良く読めない古い資料を見ると、遠い自分のルーツというか懐かしい不思議な感じがするものです。

それを持って閲覧に行ったのですが、そう簡単にはいきません。

担当者の方々がかなり調べてくれたのですが、これだけの情報ではわからないとのこと。

部隊名、海軍学校名と年度、などが分かればとのこと。

大正期だと名簿のようなものも残っていないらしい。

高い階級ではなく短い期間だったと思う。

どんな学歴だったのかも知らないけど、そんなに学校に行っていたとは考えにくい。

海軍兵学校などのエリートでもないし、海城や湘南のような予備学校だったとも思えない。

海軍予備員とかかもしれない。それでも商船学校などを出る必要があったかも。

明治20年(1887年)生まれで、20歳前後で入隊していると思う。

各国を訓練した後、第1次大戦後(=1918年(大正7年))の軍縮(大正11年~12年)で除隊しているはず。

おー第一次大戦。教科書でならった。

日英同盟、Uボート、ロシア革命、ベルサイユ条約、西部戦線異状なし・・・!

除隊理由はリストラだったわけで、割り増し退職金みたいなものを貰ったらしく、故郷に帰って一軒家を建て結婚して子供をつくったわけです。

その5人目が僕の父というわけ。

その妻すなわち僕のおばあさんは、ものすごいメモ魔かつ記憶力の良い人でした。

当時海軍の兵隊さんはすごくモテたらしい。しかも高身長だったと聞いている。

結婚してからの除隊なのか結婚してから入隊したのかも不確か。

おばあちゃんは1900年(19世紀!)生まれで1997年になくなりました。

関東大震災(1923年)の体験談とハレー彗星(1910年)がすごかった話は良く聞いたけど・・・

生きているうちに聞いておけばよかったあ。

そういえば古い家の額に証書みたいのが飾ってあった。

また調べ直して出直すことにします。

|

« 観なかったオリンピック種目 | トップページ | 板橋宿の連坦性はいまひとつ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/178596/42284792

この記事へのトラックバック一覧です: 防衛研究所で史料を調査した:

« 観なかったオリンピック種目 | トップページ | 板橋宿の連坦性はいまひとつ »