« いすみ鉄道は菜の花だった | トップページ | あるコネ入社の告白 »

2008年9月22日 (月)

大多喜町メキシコ通りの命名

昨日大多喜について書きました。

そしたら今日の日経新聞の文化欄にちょうどメキシコと房総の友好史について書いてありました。

御宿にある「日西墨三国交通発祥記念之碑」。

1609年(慶長4年)にサン・フランシスコ号というフィリピンからメキシコを目指していたスペイン船が座礁したそうです。

地元の漁民に手厚く介抱されました。

ドン・ロドリゴの書いた「日本見聞録」などに残っています。

一行は領主である大多喜城主の本多忠朝に預けられました。

ちなみにロドリゴ記録に大多喜城の天守閣の記述はないそう。大多喜城は昭和50年に再建されました。

それで将軍秀忠、家康とも会ったそうです。

この件は忘れられていたのですが、岩倉使節団が訪問先で知らされたのです。

メキシコ通りのタイルは、昭和53年にメキシコ大統領の公式訪問のときにできました。

難破船を助けた話は、1854年安政東海地震のディアナ号、1890年の串本町でのトルコ(オスマン帝国)エルトゥールル号の遭難事件を思い出しますね。

そういえば1873年の宮古島でのドイツ船ロベルトソン号もありました。

|

« いすみ鉄道は菜の花だった | トップページ | あるコネ入社の告白 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/178596/42560209

この記事へのトラックバック一覧です: 大多喜町メキシコ通りの命名:

« いすみ鉄道は菜の花だった | トップページ | あるコネ入社の告白 »