赤福とかの表示擬装問題ですが。
食中毒起こしたわけでもなく、大騒ぎしすぎという意見があります。
日本人は過剰反応しすぎ、潔癖すぎとも。
そもそも賞味期限だって目安にすぎない。
うちの近所の店なんかもっと危ない。
みんな「おいしい」と言って買っていたではないか。
まだ食べられるのだからリサイクル「もったいない」の一環という言い訳もありました。
でも、こういう事を言う人は「安全」と「安心」を混同しています。
ブランド価値がわかってないのだと思います。
たしかに毒じゃないから結果的に「安全」かもしれません。
ずーっと続けてきたところを見ると実際食べられるのかもしれません。
でも、消費者を欺く行為を続けたことは「安心売る」ことをやめていたことになります。
ここ最近の消費者は「安全」「おいしい」は当然で、「安心」に価値を高く認めてきています。
多少高くてもお金を支払う理由は「安心代」なんです。
有名お菓子ブランドなら「安心」、だから高くてもOK。
赤福の場合、それは「高いブランド価値に乗っかった高い安心」だったわけです。
だからこそ他の会社にマネできない超過利益を長年産んできたわけです。
つまり近所のお菓子屋さんがマネできないほど儲けてきたわけです。
こういうシフトに赤福は気づかなかったことになります。
僕たちはだまされ長年お金を巻き上げられてきたことになります。怒ります。
この失敗は手痛いしっぺ返しをされることになります。
「安心」が失われたことは過失だったとか組織的かどうかは関係ありません。
ブランドもろとも失墜します。
安全⇒ブランド⇒超過利益、がドミノ倒し。
そうすると、近所のお菓子屋さん未満に一挙に崩れ落ちるわけです。
もし消費者が「安全」であれば良いというなら、一時的な減益で済むかも知れませんが、そうはいきません「安心」は失われたからです。
それでも食中毒にならない限り「近所のお菓子屋さん未満」で止まります。いつかは回復するかもしれません。
それには「安全」に加えて「安心」も回復させなければいけません。
ちょっとした過失だったり、その後のフォローや責任の取り方が迅速かつ適切であれば、「近所のお菓子やさん」の収益になりますが、時間が経てば戻ることもあります。
でも、そうでない場合もあります。
特に組織的だったり、隠蔽したり、責任逃れしたりした場合です。
これはお菓子の話から外れて企業ブランドの話になります。
「ある製品が安全」とかいうのはどうでもいいわけです。
その「会社が安心」かどうかの問題になるわけです。
なまじ高いブランド価値があっただけに「近所のお菓子屋さん」より下がることになります。
極論すれば全ての企業はブランドを構築するために努力しているのです。
従業員はそのために働いていると言っても過言ではありません。
競争が激しい現代企業はこの視点を外しては生き残れないのです。
赤福の場合はその企業ブランドを長い期間で醸成させてきたことに競争優位性があったのです。
回復には相当な労力と時間がかかり、永久に越えられないこともあります。
そうなるとリストラが必要ですから解雇される人も出るし、当然経営者の責任問題です。
嘆くべきは僕たち消費者ではなくて従業員でしょう。でも自ら壊してしまったのだからしょうがありません。
僕たちはブランド・スイッチで反旗を翻すことができます。
赤福に代わるお菓子が無いって?
じゃライバル企業を待ちましょう。買ってあげるのです。
待てないなら別のお土産に代えましょう。
これで赤福の企業価値、ブランド価値はマイナスになりました。
ある製品が安全だけで良いと言うならゼロ未満にはならないはずです。
山が高いだけに谷は深いのです。
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