2009年12月24日 (木)

東欧の干支

ニュースをみてちょっと驚きました。

来年の干支のトラが雪かきしている写真ですが、

それがウクライナのキエフだそう。

えっ?旧ソ連に干支があるの?

干支って中国のものだと思っていました。

英語にも sexagenary cycle という言葉があるそう。

調べてみると、陰陽五行説で漢字文化圏で使われていたのですが、ベトナムや遠くロシアや東欧にも伝わったそう。

十二支に登場する動物や順番も微妙に違っていたりする。

来年はだいたいどの国でもトラですがモンゴルではヒョウという地域もあるらしいのです。

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2009年12月19日 (土)

三線が気になる

教育テレビで三線(さんしん)をやっていました。

「めんそーれ! 知名定男の三線入門」という番組。

沖縄の三味線です。

レとラを抜くとあら不思議、沖縄の海が浮かんでくる。

もう3回終わっている。

しまったあ。

テキストだけでも買おうかな。

BEGINがつくった「一五一会」という4弦ギターも面白そう。

調弦が1度と5度からできているそう。

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2009年11月12日 (木)

モナリザ・スマイル

BSでやっていた「モナリザ・スマイル」という映画を観ました。

主演はジュリア・ロバーツ。

ストーリーは書きません。

それで感想などをネットで読んでみて考えました。

書いているのは女性がほとんど。

女性にしかわからない悩みとかシンパシーがあるようです。

映画としてはパッとしないし、ジュリア・ロバーツらしさもないのでファンとしてはがっかりの意見が多い。

だから論評や感想としてはピンとが外れている。

まずこの映画のコンセプトは「保守対リベラル」なのは当然。

そしてこの映画が作製された2003年という時代背景(舞台の50年代ではなく)を知らないとわからないはず。

簡単に言ってしまえば、この映画を創ることで当時のブッシュ政権の保守性(ネオ・コン)とそれを応援する保守層を批判しているリベラル派の考えが全面に出ている。

50年代までの名門ウェルズリー大学という女子大学の超保守性とリベラルな西海岸からきたキャサリン、宗教とメッセージを帯びた中世絵画と自分で考え感じる現代美術などなど対立軸をいくつも出して浮かび上がらせている。

民主党のヒラリー・クリントン(ベティー)はウェルズリー大学からイエールのロースクールに進学しています。そこでビルに出会う。

大学入学当初は共和党支持者でしたが、疑問を持ち始め、その後はベトナム戦争反対の民主党のマッカーシーを支持に回っています。

つまり転向したわけ。

これが重要なバックグランド。

ただのラブ・ストーリーなはずない。それだけだったらつまんない。

ジュリア・ロバーツがあえて2年ぶりの主演に選んだのも注目したい。

そういうことに敏感になって観ないとなんだかわからない映画になると思います(「いまを生きる」と同じ轍を踏んでしまうよ)。

感想を書いた多くの女性にその点に触れていたのは皆無。

残念。

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2009年11月11日 (水)

サザエさん家

ウルトラマン・ショウの後、長谷川町子美術館に寄りました。

サザエさん博物館でも長谷川記念館でもない、ただの美術館でした。Dsc_0071a

それでも2階の一部はサザエさんもちょっとあります。

いじわるバアさんもね。

唯一の見ものはサザエさん家の模型(撮影不可です)。Dsc_0066a

平屋だけど部屋数が多くて庭が広い。

今となっては不自然な気すらする。

売店にはサザエさんグッズを売っていて、入館しなくても買えます。Dsc_0077a

美術館の隣にはサザエさん公園もあります。

田園都市線の桜新町駅まではサザエさん商店街になっています。

ときどきオブジェが置いてあって喜びます。Dsc_0075a

三河屋さんも実際にあると聞きました。

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2009年9月27日 (日)

三渓園でお茶をいただく

根岸に行ってみた。

根岸競馬場は行かず三溪園に。

富太郎(三渓)は原善三郎の孫娘の婿。

益田孝、根津嘉一郎、小林一三などと並ぶ数寄者、パトロン、美術収集家ですねDsc_0006a

三溪園は小京都のよう。 Dsc_0026a Dsc_0040a Dsc_0003a

茅葺の古民家などもある。

記念館では生糸商人として篤志家としての年譜もあります。Dsc_0008a Dsc_0009a

茶人ですからお茶もいただけます。

400円。

僕も点ててみました。Dsc_0011a

なかなかいいもんです。

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2009年9月17日 (木)

俳句入門

「サライ」などというおっちゃんが読む雑誌を買ってしまいました。

月刊に変わったらしいです。780円。

「俳句入門」特集。

俳句は来ている。僕に。

しかも志ん朝のCDも付いている。

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2009年8月29日 (土)

モネの睡蓮は亀戸にあった

亀戸に行きたくなりました。

理由は行ったことなかったから。

駅前はいかにもJRの駅前。

山谷のカンパをやっているのは亀戸らしい。

亀戸天神は少し歩く。Dsc_0015a

半円を描くような太鼓橋から見ると映画のシーンのよう。

浴衣を着ていくと赤唐辛子がもらえる日でした。

太鼓橋を横からみてみる。Dsc_0021a

広重の「名所江戸百景・亀戸天神境内」

これは印象派のモネの睡蓮に影響を与えたそう。

帰りに水天宮にも寄ってみました。

初めて行きました。Dsc_0005a

水天宮前は人形町に近いのね。

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2009年8月15日 (土)

レス・ポール死す

山城新伍さん死去。

その下にレス・ポールさん死去のニュース。

8月13日94歳だったそう。

月1はライブハウスに出ていました。

かっこいいなあ。

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2009年7月16日 (木)

ゴッホを日本で最初に論じたのは

ゴッホ(オランダ1853~1890)といえば生前に絵が1枚しか売れませんでした。

37歳で亡くなるわけですが、絵を描いていたのは10年くらいで、傑作のほとんどは晩年の2年半に描かれています。

それでは日本にはいつ紹介されたのでしょうか?

つまり日本人はいつゴッホをみたのでしょうか。

雑誌「白樺」1912(大正元年)11月号に「ゴッホ特別号」があってこれが一般の人がみたものになりそうです(1911年という説もあります)。

死去から22年ほど経っているわけですね。

1919年には白樺派のパトロンで実業家の山本顧彌太が「ひまわり」を買って日本に持ってきました。

白樺では特集号より前に柳宗悦(やなぎ むねよし)が最初のゴッホ論を書いたそうです。

柳といえば民芸運動家で朝鮮陶磁器やこのブログで紹介した木喰の発見などがあります。

柳の父親である楢悦(ならよし)は海軍でしたが長崎海軍伝習所でオランダ式の航海術を学んで、後に欧米を視察しています。

こういう家に生まれないとゴッホにはたどり着かないような気がします。

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2009年6月10日 (水)

明治初期の甲府生まれの写真師

明治初期に活躍した写真師がいます。

日下部金兵衛

天保12年(1841年)甲府の生まれ。

イギリス籍のベアト・ワーグマンに師事。

明治10年頃に横浜の弁天通2丁目36番に金幣写真館を開業します。

成功して次々に支店を出します。

明治23年(1890)に本町通7番に移転。

着色した外国人向けの土産用の写真で大成功。

金幣アルバムとして人気が出ました。

その後絵葉書ブームに押されて大正元年(1912)に引退

2年後の大正3年(1914)に廃業。

晩年は日本画を描いて余生を送りました。

昭和7年(1932)4月、92歳で世を去りました。

横浜開港資料館や東京都写真美術館などに所蔵されています。

金兵衛が絹にプリントしたものがある。

きっと甲州財閥も撮ってるんじゃないの?

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