2008年2月25日 (月)

古文書解読は知的エンターテイメント

習い事のパンフレットとかカルチャースクールのチラシを見ることがあります。

今、自分が何に興味があるかがわかります。

僕の場合は、古文書解読とかそういうやつ。

読解力、漢字、字体、歴史、地理、方言、制度知識など時代背景など教養が必要なのでしょうね。

やはり年配の人にはかなわないかもしれません。旧かなとか旧書体とか。

時間もかかるし地味な作業でしょう。翻訳と同じだもんね。

でもコツコツやる意味は絶対あるはず。しかも絶対に役に立つ。

日本では識字率も高かったためか、やたら出てくるし、田舎の旧家なんかに残っている。

何か発見もあるかもしれない。

発表や研究の場もあれば励みになる。

リタイア後の最高の知的エンターテーメントなのではないでしょうか。

日本に生まれてよかったあ。

年取れば取るほど、やればやるほどわかってくる分野というのはそうはない。

これは数学などの学習と逆かもね。

ただ、こういう習い事を受講する際、古文書と一口に言っても時代や書いた目的や地方によって違うと思うのですが、どうなんでしょう。

僕の場合、高校生の時なんかで古文漢文なんて「自分には生涯絶対関係なし」と勉強しなかったのが悔やまれます。

若い人のよくやる過ち。

リタイアに備えて準備しておこうか。

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2007年12月 6日 (木)

日本に絶対ないけどアメリカの球場で見かけるのは・・・

日本の球場に絶対ないけどアメリカの球場で見かけるもの。

それはスコアブックを付けているファン。

子供や女性が付けている。

日本で自称プロ野球の大ファンという人は多いけど、スコアブック付けられるひとは皆無じゃないでしょうか。

学生で野球やっている人のうちでもいないかも。

女子マネージャーくらいか。

監督も読めなかったりして。

「そんなもんいらん。覚えちょる」なんて言いそう。

この事を言う人はほとんどいませんね。

記録に残さない日本人の特質かも。

逆に記録に残したがるアメリカ人が変なのかもしれない。

野球は1839年にクーパースタウンで始まり45年にルールができました。

1858年にヘンリー・チャドウィックがルールブックを編集してボックススコアも同時に考案しました。

日本には1873年に開成学校で英語教師が教えたのが最初ですが、1876年頃から広まっていきました。この頃はスコアブックはなく得点だけ記録していました。

1905年に早稲田の野球部が海外遠征をしてその時にスコアブックや記録法を持ち帰りました。

直木松太郎の慶応式と飛田穂洲の早稲田式があって、プロ野球は慶応式、一般には早稲田式が普及して95%以上が早稲田式です。

テニスやサッカーと違って野球の場合スコアブックで経過を追うことができます。

だからいろいろな記録も計算できたりします。

珍記録も出てきます。

「1イニング2併殺打(1962年東映×南海」「1イニング4奪三振(1997年阪神×巨人)」「4アウトトリプルプレー(1962年南海×東映)」「三振振り逃げ満塁本塁打(1960年東映×大毎)」「0球でセーブ(1980年南海の金城)」などなど。

詳しくは、宇佐美徹也著「野球スコアと記録の付け方」(成美堂出版)を。

僕もスコアブック持って球場に行きます。

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2007年12月 5日 (水)

パフュームのポリリズムでテイク・ファイブとキングクリムゾンを思い出した

テイク・ファイブっていう曲ありますよね。

59年のジャズの名曲です。

アリナミンVのCMで流れてた。

テイク・ファイブは「ちょっと(5分間)休憩しよう」って言う意味です。

曲名のとおり5拍子です。(4分の5拍子)

5拍子の曲というのは少ないと思います(あと思い出すのは本多俊之の「マルサの女」のテーマ曲か)。

5拍子の場合、2+3か3+2がありますが、この曲は3+2です。

ちなみに曲の長さは5分と24秒になっています。

なんで思い出したかというと、パフューム(Perfume)というアイドルの歌う「ポリリズム」という歌が耳に残っていたからなんです。

このグループは広島出身の女の子3人組で踊りながらテクノポップを歌うのです。

あのアクターズスタジオ広島の第1期生でローカルアイドルとして活動していました。

中学卒業と同時に上京してアミューズに所属して中田ヤスタカがプロデューサーになりました。

2005年9月メジャーデビュー。

その第5段シングルが「ポリリズム」。今年の9月発売。

7月からはNHKや公共広告機構の「エコマーク」のCM曲に。

この間奏がポリリズムになっています。

パートによって拍の位置が違うので独特のリズムが生まれます。

僕は、イエスやキングクリムゾンのドラマーだったビル・ブラッフォードを思い出します。

イエスの「こわれもの」

クリムゾンが81年に来日したときは、ベースにトニー・レヴィン、ギターはエイドリアン・ブリューとロバート・フィリップ。

えらくリズム感のいいバンドだった。

ちなみに拍とリズムは違うって知ってた?

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2007年11月25日 (日)

憧れの国立天文台は秋だった

3連休の最終日。

天気もいいので三鷹の東京天文台へ見学に行きました。Imgp1438

天体少年だった僕にとっては聖地のようなものですが行く機会がなかなかありませんでした。

見学には力を入れていると見えて日曜日もやっています。無料です。

前進の東京天文台は麻布飯倉にあったのですが、1914年(大正3年)から10年かけて移転してきました。

関東大震災や空襲を受けないので大正期の建物が残っています。

第一赤道義室は20cmの屈折望遠鏡は、赤道義ですが電気を使わずに重錘式(おもりが落ちるのを利用)で1時間半ほど追尾できます。すごい。Imgp1440

太陽の黒点のスケッチ観察に使われていましたが、今は画像処理だそImgp1441 う。そういえば、月刊天文ガイドにも毎日スケッチしている人がいたなあ。

太陽系ウォーキングは面白い。太陽から土星までを100mにして惑星の大きさや距離を体感するというもの。木星まではそうでもないけど土星は遠いのがわかります。リニアで350年かかるらしい。

アインシュタイン塔は塔全体が望遠鏡になっています。外だけ。Imgp1459

大赤道義室は65cmの屈折式で日本最大でした。観測床が星の位置によって上下します。だから2階建てです。Imgp1445 Imgp1452

1888年(明治21年製造は1875年?)に東京天文台に納入された最古Imgp1448 の20cm望遠鏡が発見されて展示されています。

タイガー計算機もあって実際にいじることもできます。Imgp1455

1973年に15万円で発売されたというHPの関数電卓も展示されています。

でも最初は45万円くらいの広告が天文ガイドに出ていたのを記憶しているけどなあ。

展示室ではすばる望遠鏡の位相の説明とか、自動光電子午環の裏には2つ以上の望遠鏡の光を合成することなど興味深い説明もありました。Imgp1467 Imgp1473 Imgp1482

それにしても武蔵野の自然が残っていてイチョウなど東大の雰囲気があります。

芝生などもきれいで広くて、近くのICUに近いものもあります。

光害もあって光学観測の時代でもないのでなんかもったいない気がします。

月2回ほどの観望会なども開かれています。50cmで見れます。Imgp1437

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2007年10月31日 (水)

親子丼と豚汁の問題はタレのみ

Imgp1201 今日は親子丼と豚汁に挑戦しました。

親子丼は用意する具は少ないし簡単です。

ところがタレは難しい。

問題はこれと卵の入れ方につきます。

いろいろなレシピを見ましたが、タレについては決め手がありませんでした。

それで昆布とかつおのダシを薄めて、みりんとしょうゆを入れてみました。

どこにも1人前づつ作るほうがよいと書いてありますが、面倒なので4人分作ってしまいました。

あまりしょっぱくならないように薄めたら液体が多くなってしまいました。

ちょっとツユだく気味でしたが非常にうまくいきました。マル。

豚汁というのも用意は簡単です。

ごぼう、ニンジン、じゃがいもは軽くゆでておきました。

ダシはこれもいろいろな説がありますが、味噌と豚肉からダシが出るのであまり加えなくていいそうです。

それでも心配なので、しょうゆ、みりん、酒、親子丼のダシを調合してみました。

野菜を水から煮ることでいけるか実験してみました。

油は使いません。

豚肉は薄切り肉で脂身も多い安いものです。

味噌は鍋で先週使った赤と白を大さじ1杯づついれて、最後に普通の味噌を入れてみました。

これが非常にうまくいきました。

親子丼の水分が多目だった点さえ除けばほぼ満点ではなかったでしょうか。

95点。

今までで最高。

どうりで野外などで豚汁というものがつくられるかわかりました。

簡単でおいしいからです。

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2007年9月21日 (金)

パエリアは出汁の量が肝心

今日はパエリアに挑戦しました。

スパイスはもちろん魚介類も全部生を使うことにしました。

鶏肉、ムール貝、アサリ、イカ、エビ・・・野菜。

ニンニク、パプリカ、ローリエ、サフラン。

サフランってこういうものだったのかあと感心しながら。

今日こそはボールなどうまく使って進めていきます。

まな板の上も作業しやすく、あとの片付けも簡単でした。

味の方もバッチリでした。

反省点としては、トマトはあとで入れるのに他の野菜といっしょにしてしまったため水分が出てしまいました。

この失敗が後まで響き、鶏肉を炒めるのが煮る形になってしまい、水っぽくなってしまいました。

この焦りでせっかく魚介類のボイルで出てきた出汁を一部捨てる暴挙に出てしまいました。

コメを炊くという本来の目的をすっかり忘れてしまったのです。

それでコメの水分が減ってしまい、エキスが足りないばかりか少し焦がしてしまいました。

汁をかけるために買った生のレモンは無駄でした。Dscn0132

それでもおいしかったので、全部食べきってしまいました。

初めてにしては上出来。お店で食べたら6000円はすると思う。

85点。

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2007年8月27日 (月)

18世紀までの西洋美術は感じるのでなく読むものです

僕はごはんを食べるのが早い。

それから絵画鑑賞が早い。

以前、オルセーのあと人と待ち合わせたとき、その方に「絵を見るのは早いほうですか?」と聞かれて、それ以来意識したのですが、やっぱり早い。

絵や美術館は好きです。

絵の解説もしっかり読みますし、もちろん絵も遠めで感じ、近くで微に入ります。

事前のガイドブックで勉強もしておき、見所は抑えます。くまなく歩きます。

ということは普通の人と同じだと思います。

ところが帰ってきてしばらくすると何を見たのか思い出せませんし、忘れます。

それでいいんだという人がいます。

絵画は感じればよいと。楽しむことだと教わりました。

岡本太郎の「芸術は爆発だ」「子供は絵の天才だあ」とか、教科としての図工の刷り込みでそれが正しいと思い込まされてきましたし。

行間を読むとかは不要で作家の伝えたいことなどは受け手が感じればそれでよし。ましてや背後関係や作家の見に何が起こったか、筆の動きなどテクニカルなことを気にするなんざヤボだ、と。

でも何か損した気分が続いてきました。

西洋美術、なかでも宗教絵画は何かあるんだけどわからない状態でした。

まあ、キリスト教などは日本人にはよくわからないものです。

せめて基本的な知識や文化的背景、全体的な美術史の変遷くらいは知っておかないと。

そこでいくつかの本を読んでみました。

おそらく「絵画の読み方」があるのではないかと。

できればウンチクもあればこしたことはないと。

それで選んだのが、

エルヴァン・パノフスキー著「イコノロジー研究」ちくま学芸文庫

若桑みどり著「絵画を読む イコノロジー入門」NHKブックス

やはりというか西洋絵画読み方という学問分野が確立しているのです。これをイコノロジーといいます。パノフスキーが提唱した図像解釈学です。

美術表現の意味や由来を研究し、作品の背後の意識を読み解くのです。

これにはレベルが3段階あって、

①自然的主題 目に見えるもののレベル

②伝習的主題 イメージや物語、寓意 たとえばキリスト教の知識がなければ理解不能となる

③内的意味  奥底にある歴史意識、精神、文化などのレベル

やはりこういう考えはありだと思う。

でもそれはアカデミックとしても異端というか傍流なような気もしました。

ジャズとかでおじさんが薄暗い部屋の高級オーディオの前で自己満足しているような。

ところが今日の朝日新聞で木村泰司さんという若手の西洋美術史家のお話を読んでポンとひざを打ちました。

「西洋美術は見るのではなく読むもの。文化の背骨です」

やっぱりそうだったか。

「西洋美術を感性で鑑賞するというのは、おかしなこと」

何故かというと、

「画家が自らの考え方で絵を描くようになったのは、やっと18世紀くらいから。それまでは権力者や宗教などのメッセージを伝えるものでした」

つまり西洋美術を感性で鑑賞するのは18世紀後の作品であって、それ以前のものは「読む」ために知識を学ぶ必要があるということです。

僕にとってはなんとタイムリーなご意見。よくわかりました。

「それはもう広く、深い知の世界。学ばないと理解できないのですね」

わかりましたあ。

詳しくは、著書「名画の言い分」集英社

木村さんはヨーロッパ上流階級の正式マナーや社交も身に付けたそうで、講演はランチとワインつきらしいです。

ただ者ではありません。そこらへんの大学講師とかでなく一本筋が入っているようです。

すごい人が現れました。

それに引き換え、ダヴィンチ・コードも見ていない僕。

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2007年5月24日 (木)

索引作成の大変さと趣味

フィクションでない本を書いたことのある人なら索引の作成の大変さはわかってもらえると思います。

少しでも学術チックな本であれば索引の無い本などありえませんし、あったとしても相手にされません。

出版に時期というのは売上に影響が大きいのです。

入学月、学期の開始、長期休み、ボーナス時期、ライバル本、広告などを考慮して出版の日が決められます。

最後まで校正をします。

ページ数が変わりますから索引の最終は最後に直します。

索引の数も重要で増えたり減ったり再び採用されたりします。

それで最後までドタバタします。間違えます。直します。・・・・

時間がないのです。

アルバイトに頼めばいいかというとそうでもありません。

まず、選択は重要ですし、微妙に違う用語だったり、実は同じ用語だったりします。

ある共通語につながった群でまとめる場合もあります。

読者のレベルも考慮しないといけません。

ある用語であっても重要なページから採用すべきで、濃くしたり、割愛したりします。

それを間違えると読者を混乱させ本の信頼性を失わせます。

だいたい間違いが起きて第2版で修正することになります。

DTPソフトウェアに任すことはできるようになりました。

実用書では問題ありませんが、学術書や教科書では初期の検索に使う程度でしょう。

MAC系の多いデザイナーに渡すと自分のソフトウェアが使えなくなります。

著者以外でできる人が居れば頼みたいくらいですが、学術レベルが上がるとその分野の研究者レベルの知識と読み込みが必要ですからほぼ不可能です。

内容を理解できれば担当編集者が手伝います。

大学院の自分の学生に「勉強になる」とだましてやらせることもあるようです。

これを趣味にする人もいます。

政治哲学者で「正義論」を書いたジョン・ロールズ。

この人のことを調べていたら、趣味「索引の作成」とありました。

ウィキペディアには、

「1949年にブラウン大学卒業生のマーガレット・フォックスと結婚する。ロールズとマーガレットは本の索引作成という共通の趣味を持っており、一緒に最初の休日はニーチェに関する書籍の索引を作成して過ごした。ロールズはこの時、自身の後の著作である『正義論』の索引も作成している。」

なんちゅう夫婦やねん。

このニーチェというのはカウフマンの「ニーチェ-哲学者、心理学者、反キリスト者」(1950)で新婚の2人はひと夏つぶして索引作りをして当時としては大金の500ドルを稼いだそうです。

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2007年3月19日 (月)

阿曽山大噴火は目の付け所がいい

大川興業に阿曽山大噴火という人がいます。

山形県出身の32歳で本名が阿曽道昭です。

髭、スキンヘッド、定住所なし(だった)、男なのにスカートというすごい人です。

この人の趣味はパチスロと裁判傍聴です。

日刊スポーツにコラムを持っていてネットでも公開されています。

文章もどうでもいいところが多く、なかなか面白いです。

僕は裁判傍聴というのは興味があって、いつか行こうと思っていました。

仕事で東京地裁へ行っていたので馴染みはあるのですが、ゆっくり傍聴という訳には行かなかったのです。

ウチには井上薫著「法廷傍聴へ行こう」(法学書院)があるくらいで、これは1995年刊なのでかなり前から目をつけていた訳です。

この本でも書いてあるのですが、民事では何がなんだかわからないので、刑事事件がお勧めということなのですが、そうするとなんか怖くなりそうですね。

だって、殺人犯人と被害者家族などと同じ空間にいるわけですし。

生々しくなりそう。

かといって、著名な事件だと傍聴券が取れなかったりして無駄足になりそうだし。

そんな事を考えているうちに、阿曽山大噴火氏に先を越されてしまいました。

マスコミでないこういう傍聴は面白いだろうし、そういうのがあれば読みたいなと思っていました。

本当は自分でやりたいのですが、通うとなると時間が必要になります。

比較的時間のあるニートとかご老人の趣味としては最高なのではないでしょうか。

国家権力の三権分立を監視しないとね。

マスコミの決まりきったものではつまらないですし。

今年は、日本文化と議会や裁判などを1つづつ見にいってクリアしたいと思っています。

法廷で阿曽山氏と会ったら挨拶します。

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2006年10月19日 (木)

インチキ外国語と拉致問題

インチキな外国語のものまねと言えば、タモリのハナモゲラ語、四ヶ国語マージャンが有名です。

それより前には藤村有弘の「ドルチャメンテコチャメンテ、スパゲッティナポリターナ、ゴンドラスーイスーイ、トラバトーレ、トルナラ・トッテミーロ」がありました。

藤村有弘はドンガバチョ。愛称は「バンサ」だったね。

こうしたインチキ外国語をトニー谷や大橋巨泉などをルーツにする向きもあるようですが、それは全然違うと思います。

タモリの趣味のひとつにBCLがありました。

これは外国の短波ラジオ放送を聴く趣味で、タモリは日本短波放送(現ラジオ日経)の番組「BCLワールドタムタム」をやっていました。

「オールナイトニッポン」で、外国の放送を録音してそれが全然違う意味の日本語に聞こえるというコーナーで笑っていました。ピョンヤン放送とか北京放送だったか「クサマンコー」と聞こえるものを繰り返してやっていました。

だからタモリ倶楽部の「空耳アワー」はこの流れです。

たしかクレームが来て中止となったはずです。

ちなみに、その頃タモリの昭和歌謡史というモノマネパロディも発売中止となったはずです。番組では全編流したのでテープに録りました。最後は田原俊彦だったと思います。

タモリはアマチュア無線(ハム)の免許も持っています、今もクルーザーで使っていると思います(失効という情報あり)。

バンサのほうはアマチュア無線が趣味で、ドレークとかの無線機の広告で見かけました。高級機のコリンズも持っていたんじゃないかな。

海外の放送を聴くときは、まず何語か?と集中するのでそのモノマネもできるようになるわけです。

次は、ハムのえなりかずきか小泉孝太郎に期待しましょうか。

ジョー・ウォルシュや辻仁成がしゃべりだしたらこわいね。

このように有名人のハムも多いのです。

このBCLブームはソニーのスカイセンサーが1972年に発売され、ラジオ・オーストラリア放送の「笑いカワセミ」のCMが流されてブレークしました。

ラジオのTVCMって当時としても珍しいものでした。

僕は1974年の山田耕嗣の名著「BCLマニュアル」も直ぐ買いました。小学生の高学年の頃だね。

僕はパナソニックのクーガー2200というのを使っていました。

ハムのほうは免許は持っていますが、レジャー用の430というハンディ機での近距離のもので遊んだだけです。

これはホイチョイの「私をスキーに連れてって」の影響があって、ハムでもある故沖田浩之が映画の中で使ってたね。ケイタイが無い頃の話ね。

BCLってどうなっているのか知りません。もうインターネットの時代ですからね。

でも「ラジオの製作」「ラジオライフ」などの読者はパソコンの世界に流れていった思う。

間違いなく秋葉原のおたくの元祖でした。

モスクワ放送やピョンヤン放送を傍受する団体の「ラヂオ・プレス」は、最近の北朝鮮のニュースでたまに聞きます。

そういえば、ベリカードという受信証明カードがソ連や北朝鮮から田舎の僕の家にいっぱい送られて来たのだからちょっと怖い気がします。

今思うと拉致とかも始まっていた訳だし。

子供心に「変な国だなあ」と思っていました。

僕がはっきり拉致を知ったのは1982年頃の「GORO」という若者雑誌で、「アベック行方不明に北朝鮮が関与」というようなルポでした。

ですからその頃にはほとんどのマスコミも気づいていたはずです。

田舎から出てきたばかりの僕ですら知っていたくらいですから「当時は知らなかった」とは言わせません。

あと良く覚えているのが辛光洙(シン・ガンス)の女性同居人が彼を追って韓国へ行く民放のドキュメンタリー(日テレ?)。

拉致問題が大騒ぎになる前でした。

北朝鮮の妨害放送(ジャミングと言う)もすごくて、プロパガンダも強烈なので空で戦争してるんだなあと思っていた。

ところで、先日やってた県民の違いを笑うTV番組で、福井県ではTVの砂嵐を「じゃみじゃみ」と言うというのがありましたが、僕は直ぐに「ジャミング」からだなとピンときた。

当然、日本海側ではTVも妨害電波の影響を受けるのです。

一般の人が専門用語とは知らず使っている訳です。

これ間違いないと思う。

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