少し前、NHKでブータンの山岳地帯でのドキュメンタリーを見て「おっ!」と思いました。
それは、貧しい小学校の風景で、若い2人の男の先生と子供たちの話でした。
この先生は熱心で正義感の強い頼りになる兄貴のようでした。
僕が見逃さなかったのは、教科を英語のテキストを使って教えていることでした。先生は英語で講義をします。
もちろん、自国の言葉で教科書を作るのはコストがかかるから、欧米の良いテキストを使うのでしょう。
数年前に、マレーシアのジャングルに行ったことがあります。タマンネガラ国立公園というところで、車で数時間かけさらに船で河を2時間ほど奥へ行った熱帯雨林です。
そこでキャンプして、さらに奥地へ行ったところ現地の人のお店がありました。あまり垢抜けない太ったおばさんが子供とお店番をしていました。
きっとマレー語だろうと思ったら流暢な英語を話しはじめました。
そこの子供もです。学校があるはずも無いところなのに。
その帰りにタクシーをチャーターしたら、その運転手さんも分かりやすい英語を話し「リー・クワン・ユーを尊敬している」などと言っています。聞くと、国の方針で学校は英語で勉強するらしいのです。
国策として英語を身に付けさせているわけです。しかもマレー語とその文化はちゃんと生きています。
最近、中東の紛争地域で突然に街の人にインタビューしたら、ブロークンだけど一生懸命英語で説明していた。よくわかった。
果たして日本の地方などでこのように英語で説明してくれる人に当たるだろうか?
英語を小学校から科目に採用するかという話題があります。ちょっと考えて見ましょう。
これに対して、知識人などには、まずは日本語をしっかりという反対者が多いようです。その程度では使えるレベルまで到達しない、という意見ももっともです。自分は英語で得をしている人もそう言う傾向があります(一種の既得権益ね)。日本文化を大事にするのが真の国際化であるとか、日本語は素晴らしいとかね。
それに対して、産業界からは英語はプラットフォームであるから必須ツールであるという意見もあるようです。早くから耳に慣れておけばその後の学習効果が格段に良くなるという考えもあると思います。アメリカに侵略されているとか言う話ではなくて、ウィンドウズをみんなで共通に使っているのと同じだと。
みなさんどういう人を頭に想像しているかで違うみたいですね。
まず、根っからの英語好き、超頭いい人、帰国子女なんかはほっといてもマスターできるから考慮外にしましょう。
それから、日本語もまともにしゃべれない人、将来まず英語を使う必要のない人、超おバカな人などもちょっと外しておきます。
産業界等で活躍するけど、英語ができなくて損している人、
サービス業とかに従事したり必要に迫られている人、
日本の状況などを世界に発信したいのに苦労してきた人、
逆に世界の情勢や知識を積極的に取得したいのに諦めてしまっている人、なんかの苦労や損を思い浮かべればいいと思います。
国としてもグーんと底力がアップしますね。
下から40%~80%、TOEICだと550点~860点くらいの人が普通に使えればいいと思います。
これを義務教育でやるかという問題です。
国がやるのですから将来の国益に資するかどうかですね。
必要があればほっといても自費で英語教室に通ったりするでしょう。でも、これでは貧乏な家の子供はチャンスを与えられないことになります。
小学校の時間だけでは当然目標には到達できないので、この貯金は将来の本格的な学習のためです。
つまり、小学校の義務教育でやるかということは、中程度以上の学力の貧乏な子供たちが、将来必要になったときマスターしやすくする土壌を準備してあげて、それが国益となるかそうかの問題となります。
こんなのは義務教育ではない、ということならこれ以上話は進みません。でも、今の義務教育のような一律目標がいいのか、実際それで効果が上がっているのか、という疑問は残りますね。
続けます。
今の英語科目の時間では足りない、という意見もあります。
しかし、これは簡単です。数学、理科、社会の一部などは英語で授業すればいいだけです。体育、音楽なども可能です。
大学等で英語力の無さに勉強が捗らないことに悩まされます。専門科目は英語を翻訳したものが多く、二重に覚える必要があるからです。分かりにくい日本語も多い。英語のテキストは非常に分かりやすいものが多く、また全世界で売れるため内容も素晴らしいものが安いことが多い。日本語の本や翻訳だけだと限られてしまうことがよくあるのです。
日本では中途半端に翻訳モノが出回って、市場のパイは小さいからボランティアみたいな仕事になってしまいます。
海外へ留学、学会、論文、セミナー、資格、研修、シンポジウムなど英語ができれば積極的に参加しているのになあ、と思う人は多いと思います。
ネット上の情報の質と量を考えれば一目瞭然。みすみすチャンスを失っているのです。
義務教育でやるとき困るのは、小学校の教諭が英語ができないという問題です。
もし、一部の科目を英語で教えてくれる小学校があれば人気が出るでしょうね。
実際、群馬の特区やアメリカン・スクールが注目されているのは当然でしょう。
でも遠くまで通ったり、高い授業料が払えるのはやはりお金持ちだけということです。
結局、小学校の英語問題は「教諭が英語ができない」ということだと思います。
ブータンやマレーシアに学んで欲しいと思います。
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