大森銀行と長崎のかかし
大森銀行というと共産党のギャング事件を思い出しますがあれは川崎第百銀行大森支店です。
こちらはかつて山梨県にあった(当時第3位の資本金)銀行で昭和10年に第十銀行(現在の山梨中央銀行)に吸収されていました。
まあ昭和の大恐慌とともに消えたのでしょう。
大森銀行本店は甲府にありましたが、経営者の大森慶次郎の住宅兼八代支店(昭和12年まで)でした。
建物は父親で大地主の大森嘉四郎(よしろう)が山梨市から移築した武家風様式になっています。築年は明治18年だそう。もっとも銀行業務
は隣の蔵のよ
うな建物。
大森家直系は絶えてしまい、分家は2、3家近くにあるそうです。
中は八代町の郷土館として民俗用具などが展示されています。
大森銀行の資料、八代尋常高等小学校の写真(大正6年)、根津ピアノ、電話(あの有線放送のものもあるよ)、タイガー計算機(東京天文台でみて以来)、雑誌、教科書、養蚕関係の機械、農機具、生活用品などたくさんありました。
電話のところには南八代郵便局公衆室には昭和4
年3月21日に、大森銀行には昭和5年に設置したとありました。
額には表彰と民俗資料収集委員会のことが書いてあって昭和40年頃から収集したようです。
同じ敷地内には旧石原家住宅という茅葺農家の家が移築されています。
残念ながらその後屋根が焼けてしまったそうです。
石原家は郵便局の南にあったということなので町長さんの家かもしれません。
あの通りは祝日に国旗をずらーっと出す家が並んでいて子供心に気味が悪いと思っていました(ごめん)。
住所としては残っていませんが、この辺りは長崎という地区名です。
少し歩くと荒神堂という広場みたいな場所があって急に思い出しました。
お祭りは夜なのでわからなかった。
おばあさんが歩いてきたので聞いてみたらやはりそうだとのこと。
ここには長崎の養蚕組合の碑もあってしばし見まわしました。
それにしても看板もなくわかりにくい場所です。県道に付けて欲しいものです。
それから火木土日だけなので要注意です。
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