2010年2月13日 (土)

また布袋が転んだ

新聞にライブ中止の広告が。

布袋寅泰(同級なので呼び捨て)がまた転んだらしい。

庭で愛犬と戯れていると、段差につまずいてバランスを崩して、

左手の靱帯損傷。

たしか今井美樹の実家の墓参りで転んで顔面骨折したよね。

(ケンカしたというウワサもある)

僕は転んでケガしたことはないし、そういう人も聞いたことない。

身長でかいと転ぶのか?

でも布袋って間違いなく運動神経悪いよね。

スポーツはターヘそう。

想像だけどね。

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2009年8月25日 (火)

30年ぶりに銀星団を思い出す

(つづき)

そういえば「シルバー・スターズ(銀星団)」という覆面バンドを思い出した。

1978年に渋谷屋根裏に現われて、「ぎんざNOW」に出演して、79年11月アルバム「銀星団」をリリース。

メンバーはいろいろ居たみたいだけど、影でBOWWOWがやっていたのはミエミエの事実。

だってあんなギター弾けないし、声は山本恭司だし。

すでに3枚のアルバムを出していたし、キッスの前座で人気もあったし、新しいこと模索していたのかも。

アルバムは、ギターメインながらテクノっぽいテイストがありました。

YMOがデビューアルバムを出したのが78年11月だからテクノ全盛の時代。

これも聴いたなあ。

バンド名からも想像できるとおり、ディーボとかチューブウェイ・アーミー(ゲイリー・ニューマン)なんかの人工的で宇宙っぽいイメージを取り入れています。

スターボーっていう3人組みアイドルも思い出したぞ。パヒュームみたいな。

銀星団のCDも出ているみたいなので買っちゃおうかな。

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2009年8月24日 (月)

BOWWOWはツインギターであった

(つづき)

さて、なぜ僕が横田基地友好祭に行ったかというと、ライブを観たかったから。

日本のハードロック・バンドBOWWOWが出るというではありませんか。

無料で観れる。

ちなみに土曜日はアースシェイカーでした。

きっと「米軍キャンプでライブした」というのは彼らにとってもステイタスになるのかも。

僕が高校生のときのギター・ヒーローは山本恭司でした。

BOWWOWの初期3枚は全部口ずさめる(英語のヴォーカルじゃなくて楽器を)

そのくらい聴き込んだ。

VOWじゃなくてBOWの時代。

当時からへヴィメタ嫌いの僕でもね。

今は日本にもたくさんのいいギタリストはいるかもしれないけど、当時のロックでは正統のCHAR、早弾きの高崎晃、そして山本恭司か。

他の2人と比べると知名度では落ちるかもしれないけど、作曲とリズム感、そしてアメリカン・ハード的なアイドル性はあった。

何しろベイ・シティ・ローラーズを目標に結成されたのだし、キッスやエアロの前座を努めたし、音楽評論家の渋谷陽一やアリスの矢沢透がプロデュースしたり。

(もっともCHAR自身はアイドルだったし、高崎はレイジーというアイドルだったけど)

今日、30年ぶりに聴いて思った。

速い、うまい。バンドがぴったり。スキなし。

モントルーやレディング・フェスティバルでみせた歌舞伎風がみたかったけど。

人見元基(今は高校の英語教師になっているらしい)も聴きたかったけど。

なんと「シグナル・ファイヤー」もやってくれた。狂喜乱舞。

非常に気になったのはもう一人のギター斉藤光浩の存在。

中央で歌ってリードする山本の右でサイド。Dsc_0226a

時々リードとったり歌ったりする。

もともとギターはうまいし、山本とのツインはすごい。Dsc_0239a

斉藤は石橋凌のARBに加入していたこともあって、ニューウェーブ系のニオイがあるし、スタイルも黒。

一方の山本は明るいし、最近では矢沢永吉のギターでよく見かけるようにポップ。

ツインギターのバンドって何があったかな?

アイアン・メイデン、スコーピオンズ、ナイトレンジャー。

イーグルス、キッス、シン・リジィ、パールジャム。

ビートルズやローリング・ストーンズもそうかあ。

ジミー・ペイジがベースから変えたときのヤードバーズ。

どれもちょっと違うけど、イメージとしては、

ロン・ウッドかな。

昔メインのバンドもあったけど今はあえていろいろ言わず脇役に徹する、みたいな。

BOWWOWの良さはここにある。

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2008年8月 6日 (水)

バーベキューで聞いたAOR

それで海で何を聞いたのかというとAOR。

Adult Oriented Rock。

でもこれは日本だけのジャンルで、アメリカでは「Adult Contemporary」

ボズ・スキャッグス、ボビー・コールドウェル、ロビー・デュプリー、スティーブン・ヴィショップ、アル・ジャロウ、ジェームズ・テーラー、マイケル・フランクス、ルパート・ホルムズとか。

プレーヤー、ペイジズ、ドゥービー・ブラザーズ、スティーリー・ダン、エアプレイ、カンサス、アンブロージア、オーリンズなんか。

正直書いてて情けなるけど。

パンクロック世代でブリティッシュ・ロック好きだった僕でもAORとかハードロックとかポップス聞きたくなるんですよ。

僕の好きなのは、あまり有名じゃない。一発屋がいい。

1975年から85年で全米で20位から5位止まりくらいがちょうど合ってる。

1位になったとかコンピレーション・アルバムに入るようなのはダメ。

みんなもう忘れちゃっているけど、ラジオなんかでかかるとフラッシュバックして「これ何て曲だったけ。あったなあ」というやつ。

こういう曲だけかけるDJをやりたい。

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2008年7月11日 (金)

印象深いコカコーラのCM

コカ・コーラCMのDVDが出るらしい。

最近、いくつかの情報番組で取りあげられています。

どれも永ちゃんと早見優が必ず紹介されますが、僕はそれほどの印象はない。

一番古いので記憶しているのはグレン・キャンベル。

そういえば76年頃にはアタリ社のテレビゲームがもらえた。

本当に初期のビデオゲームだったよね。

あとヨーヨーとかもあった。

ノベルティを集めるのもはやった。

何しろ学生のバイトでも人気があった。時給は安かったけど。

CMで最も印象にあるのは、1987年の

「I feel Coke」

歌は佐藤竹善(当時まだ「Sing Like Talking」はデビュー前)

YouTubeでいっぱいみられる。

最近の資生堂TSUBAKIのCMはここからパクッたのでは?(ちょうど僕らの世代が広告代理店でつくる時代になったということか)

モデルはケン・ブレニスという日米ハーフのアメリカ人モデル。

下手するとメガネが羽賀健二似ですが。

1961年生まれだから僕と同じ年代。

女性はもちろん松本孝美。

初代CM女王だと思っていたのは僕だけかと思ったら一般的にも言われているらしい。やっぱし。

86年ANA沖縄キャンペーンでデビュー。

2人のは上田正樹の歌う88年バージョン

ハイ・ファイ・セットの歌うバージョンもあった。

伊原剛志とか唐沢寿明とかも出ているね。

バブル経済突進中の世の中で服とかカチっとしたスーツなんかちょっとバブリーで笑っちゃう。

ヘアスタイルは女性は長くて男は短かったね。

まだ良い時代だった。

ちなみにケンはこの後国へ帰りました。

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2008年6月 3日 (火)

月曜日の雨の日に思う30年前の事件とアフリカ救済

昨日は雨の月曜でした。

1979年1月29日(月)サンディエゴの16歳の少女が自宅の向かいにあるクリーブランド小学校でライフル銃を乱射しました。

2人死亡。8人を含む9人負傷。

犯人は問われて「月曜日は嫌い」と答えました。

みんな月曜日は好きじゃない。

カーペンターズ「月曜日と雨の日は」、サザエさん症候群とか。

この事件は全世界に衝撃を与えましたが僕も大きなショックを受けました。

この2ヵ月後にカリフォルニアに行く準備をしていたのですから。

朝日新聞にも大きく載りました。

犯人はブレンダ・アン・スペンサー。

僕と同級。

おそらくブレンダは、翌年の12月8日のマーク・チャップマン(1955年5月10日生)、翌々年3月30日のジョン・ヒンクリー・Jr(1955年5月29日生)までは一番有名な犯人だったはずです。

この事件に触発されたダブリンの28歳(スティングと3日違い)のミュージシャンがいました。

ボブ・ゲルドフです。

先週横浜「第4回アフリカ開発会議」でボノ(ダブリン出身)の横に座っていた目の鋭い男です。

もちろんU2やボノは大スターですし、慶應大学は名誉博士号を授与するし、福田首相も会うし。

でも影の仕掛け人はこの口の悪いパンク精神を持ったアイリッシュなのです。

彼はすぐに「I Don't Like Mondays(邦題:哀愁のマンデイ)」をつくって1ヶ月もしないうちにサンディエゴで演奏しました。

7月にリリース、全英1位になりました。

まだパンクがくすぶっていた頃のパンク/ニューウェーブのバンド「The Boomtown Rats」です。

この曲は彼らの2曲目の大ヒットになります。

1980年83年に来日しています。

ボブは1981年のアムネスティ主催のシークレット・ポリスマンズ・アザー・ボール」コンサートに参加してチャリティに目覚めました。

エチオピア飢饉を見たボブは、ミッジ・ユーロ(ウルトラヴォックス)と共に「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」(Do They Know It's Christmas?) を作曲しました。

1984年にはバンド・エイドを企画、翌年にはライブ・エイドを敢行。

これはアメリカに飛び火して有名な「USA for africa」となります。

ボブ自身もコーラスで参加しています。

これでボブはナイト爵位を与えられ「サー・ボブ・ゲルドフ」となります。

「哀愁のマンデイ」は1994年には再リリースされ95年にはボン・ジョヴィによってカヴァーされています。2000年になってからもトーリ・エイモス、G4などもカヴァーしています。

2006年にはノーベル平和賞のノミネート。

反ユーロなのでヨーロッパ諸国には頼まない。

バンドは1986年に解散しています。

そうそう、犯人のブレンダは25年以上の終身刑で現在も服役しています。

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2008年3月17日 (月)

グローバル化とナショナリズムの関係のヒント

グローバル化とナショナリズムの関係を「仲の悪い双子」と考えればわかりやすい。

これは慶應義塾大学の小熊英二教授(歴史社会学)。

両方とも技術革新に基づく均質化と資本主義化の産物だそうです。

たしかに明治維新のような「人間は平等だ」でナショナリズムは醸成され、均質性を宗教とともにばら撒いた。

このキッカケは黒船というグローバル化です。バラマキは技術の発達です。

この2つの大きな違いは、受益階層が違うことだそうです。

ナショナリズムは中から下。保護される農民や商店主。終身雇用の会社員。

グローバリズムの方は、投資家、教養人、資格者、特殊技能者、スポーツ選手。

ナショナリズムが反グローバル化になるとは限らない。新自由主義のサッチャー、レーガン、小泉はナショナリストで宗教に熱心。

ナショナリズムとグローバル化の混交した意見としては「日本人としてのアイデンティティをしっかり持たないと国際人として通用しない」式のもの。あるねえ。

この双子の共通の敵はローカリズム。愛国心のための地域共同体の破壊だから自給自足は敵となります。

小熊先生は、現在の日本人がナショナリズムに走るというより、犯罪や麻薬に走る人が出る恐れがあるという。

不可能な政策を唱える極右化はないと見る。

実際のところ中国の食品を排除したら生活できないでしょう。

(以上は朝日新聞オピニオンより引用しました)

これは常々疑問に思っていたことへのヒントになりそうです

僕は自由主義経済と政治的保守と宗教の三つの関係がよくわかりませんでした。
たとえば、「アメリカの保守」という風な本を読んでも、それぞれの言い分はわかるにしても、共和党などの政権で何故それらのベクトルが一致するのか今ひとつピンときませんでした。
きっとそれは僕が日本人だからと思っていました。最近の内外のリベラル派の揺り戻し本を読んでしまうと批判ばかりで混乱するばかりでした。
経済、政治、宗教、アメリカの歴史などのそれぞれの専門家の話では関連性が理解できませんでした。
とはいえまだ霞がかかっている状態ですが少し整理して考えてみたいと思います。
ところで、小熊先生は僕と同じ1962年生まれです。関係ないけど。

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2007年9月11日 (火)

フランシーヌの場合はビアフラ戦争

新谷のり子の「フランシーヌの場合」という歌は覚えていますが、何の歌だったっけ?

新谷は学生運動の闘士で三里塚闘争に参加したの後、この歌をヒットさせました。

「フランシーヌの場合は、あまりにもおバカさん。3月30日の日曜日パリの朝に燃えたいのちひとつフランシーヌ」

僕は7歳だったのですが歌詞はよく覚えています。

これはフランシーヌ・ルコントという女性がパリで政治抗議して焼身自殺した事件のことを歌ったものです。

抗議したのはべトナム戦争とビアフラ内戦による飢餓です。

彼女は精神を病んでいたと言われています。

ビアフラを知らないって?

1967年ナイジェリアのイボ族が軍事政権に反発し東部州を独立宣言しました。これがビアフラ共和国の建国です。

ナイジェリア政府は経済封鎖し7月6日戦争状態になりました。民族対立と石油利権が原因とされています。

1970年にビアフラは滅亡しました。

閉じ込められたとき200万人の餓死者を出しました。

この映像は子供の僕にはショッキングなものでした。映像が伝える最も悲惨な戦争状況ではなかったでしょうか。それが2年半続いたのです。

子供たちはお腹がぷっくり膨らんで死んでゆくのです。

「あまりに食べないとお腹が大きくなるのかあ」「宮入貝(山梨の地方病)みたいだなあ」

不謹慎にも食べ過ぎたときはお腹を突き出して「ビアフラ!ビアフラ!」と遊んでいました。すみません。

これをルポしたのはBBC特派員だったフレデリック・フォーサイスで「ビアフラ物語」を出版しました。映画化された「戦争の犬たち」もビアフラをモデルにしています。

この頃は妙な歌謡曲が歌われました。

1970年2月左ト全がバックコーラスのひまわりキティーズと歌ったのが「老人と子供のポルカ」という歌。

「やめてけれ、やめてけれ、やめてけーれゲバゲバ」

このゲバというのはゲバルトで学生運動や過激派の流血の時代だったのです。

2番は「やめてけれジコジコ」これは交通事故

3番は「やめてけれストスト」ストライキね。

コーラスにはLe Coupleのemiが入っていたのは話題になりました。

左は翌年に亡くなりました。

1970年の世界歌謡祭でグランプリを受賞したのはヘドバとダビデというイスラエル人デュオの「ナオミの夢」です。

スーパーモデルのナオミ・キャンベルのようにどうして日本のナオミが出てくるのか不思議に思いますが、ダビデとかナオミというのは旧約聖書に出てくるよくある名前です。

同級の皆川おさむがヒットさせた「黒ネコのタンゴ」なんてのもあったな。

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2007年9月 5日 (水)

がんばっている1962年生まれ(あ)行

面倒なのでまとめて書きます。

まず”あ”から始まる人

愛甲猛 8月15日 逗子市 緑ヶ丘球場で見た 失踪事件、薬物使用告白など

明川哲也(ドリアン助川) 東京 6月17日 少しパンク入っているでしょ

秋月謙吾 神戸市 京都大学教授 行政学

秋葉賢也 7月3日 宮城県 自民党衆議院議員 当選2回

秋山幸二 4月6日 熊本県 本塁打王と盗塁王のタイトルを取っています

麻木久仁子 11月12日 東京都 臨月あたりまで出演してたよね

安住淳 1月11日 石巻市 民主党 衆議院議員 当選4回

我孫子武丸 10月7日 西宮市 推理作家 マジカル頭脳パワーなどのブレーンでもあります

アブドゥッラー2世 1月30日 ヨルダン国王 

安倍昭恵(アッキー) 6月10日 首相夫人 父はグリコ森永事件当時の森永の社長

天宮良 4月9日 東京都 170cmはないと思う

荒井昭博 11月5日 東京都 フジテレビ編成部長

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2007年7月26日 (木)

町田康が布袋寅泰に殴られた

布袋寅泰は1962年2月1日群馬県高崎市生まれ。

町田康は1962年1月15日大阪府堺市生まれ。

僕は1962年9月生まれ。

でも1つ上の学年の2人。

早生まれ同士の同級生が殴る。

寅年生まれだから寅泰かい。僕も寅年。

町田康のパンク時代は町田町蔵だった。INUの。

僕も好きだったP.I.L.っぽかった。ジョン・ライドンの。

同じパンクスとしては正直「先越された」と思った。

石井聰亙の「爆裂都市 BURST CITY」に陣内や大江慎也と出てた。

しばらく見ないなあと思ったら「くっすん大黒」でびっくり。

「あの町蔵があ!?」

すぐ読みました。

そしたら芥川賞だもんね。

ちなみに町田さんはパンクロッカーでもパンクのボーカルでもなくて「パンク歌手」です。

新聞は正しいけど、ウキペディアには「パンクロック歌手」と間違っています。

富津の布袋の別荘って、FOB COOPの益永みつ枝さんの別荘もある。

近くに買ったのか、売ってもらったのか。

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