2011年1月24日 (月)

ウミガメ館の近くです

市橋容疑者は久米島の離島に潜伏していたらしい。

奥武島には畳石、バーデハウス、ウミガメ館がありました。

その奥にも車で行ったのですが、急にジャングルみたいになってきて引き返しました。

さらにこの先にあるのがオーハ島。

ここにいたとはねえ。

まあ観光客は行かないな。

目立つぞう。

ハテの浜に行くとき見えたけど。

まさか2009年4月に出会ってないよね。

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2010年12月23日 (木)

ロケット打ち上げを見に行く

来年の計画。

ロケット打ち上げを見ること。

鹿児島へ。

いつ飛ぶんだろう?

正月にNHKで番組があるらしい。

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2010年1月 7日 (木)

ショートカットされたショート道路が好き(その1)

前々から好きでした。

気になっていました。

僕が目を付けたことを忘れないうちにブログで表明しておきます。

それを何と命名するか悩んでいます。

今のところ「旧閑道」。

形はイチジク型とか包み型(納豆、とうもろこし、ミルキー)と言おうか。

国道など交通量の多い道路の脇にある古い旧道のこと。

ショートカットされたほうの。

通常は忘れられている。

旧街道のようにその後バイパスができてしまって交通量が減った旧道。

こういうのは沢山あるけど僕が好きなのはそのうち短いもの。

実例を挙げるのが手っとり早い。

山梨県内で国道20号線(甲州街道)を走るとする。

猿橋と大月の間に東電の駒橋発電所がある。

ここに「横尾橋」から「駒橋」に抜ける500mくらいの道が本線の北側にある。(1)

次は初狩と笹子の間の白野宿は本線の北側。(2)

ここは700mくらいの旧宿場で赤いトタン屋根が連たんしているのが中央線からも見えます。

勝沼宿の411号線(大菩薩ライン)の上栗原の先から日川橋あたりまで。(3)Dsc_0163a

日川に沿って走っていて日川高校の南辺り。

白州町の台ガ原宿はそのもの。(4)

日本の道100選にも選ばれています。

この台が原前後の20号線にはたくさんあります。

武川町牧原(日野春駅の南)、上三吹、白州町鳥原(ウイスキー博物館の北)、下教来石などです。(5)

国道137号で発見していたのが笛吹市御坂町藤野木にある国道跡(カムイ御坂スキー場の50mほど東)(6)Dsc_0042a

国道の交通量が増えて慢性的な渋滞が起きるようになると郊外にバイパスができます。

迂回路ですね。

この場合、ちょっと専門的には「現道(げんどう)」に対する「新道」がバイパスなわけです。

最初はどちらも国道なのです。

そのうち古い方が国道から降格することがあって、古い方が「旧道」新しいバイパスが「現道」に変わるわけです。

国道のまま並存している場合もあります。

高井戸一丁目から調布、上野原本町から鳥沢橋、勝沼の柏尾から竜王までのバイパスもそうで、古い方は「旧道」とか「旧甲州街道」とか呼ばれます。

僕はこういうのも好きだけど、今回の話は長くても1000m程度まで。ショートの。

そういう道は幹線を走っていると気づかない。

でも気を付けていると鋭角に入っている道が発見できる。

臭ってくる。

地図でもできる。3万分の1の地図でも大丈夫。

ショートカットされて弧を描いていたり、平行して走ってまた合流している。

実際に行ってみると、パターンは3つくらいあるようです。

1つめは旧街道やら宿場で民家が連たんしています。

大きい木、神社や祠、消防小屋・貯水槽、火の見やぐら、地蔵や石碑、古い商家・商店などがあります。

道沿いで子供が遊んでいたり、立ち話していたりします。近所付き合いもありそう。

古い旅館や造り酒屋があることも。

上記例では(1)(2)(4)が代表的。

古い街並みとしても奇跡的に残っている。

犬目宿の石畳もこれに該当するでしょう。(7)Dsc_0214a

車のための道なんかより古いので集落を避けて国道などが通されたのかもしれない。

住民が結束して反対したかも。

次は民家がないパターン。

(3)は川沿いの堤防だし、(6)は峠道。家はほとんどない。

これは車のための道路性能として避けられた名残のようです。

(6)はS字カーブだった峠道だったはずですが、車と道路の性能が向上したたのでショートカットされてしまったようです。

これはこれで良き時代のノスタルジーを感じる。

何か別の時間に入るような気もしてくる

迷宮への分かれ道。

地獄へ道連れ(BY クイーン)

(5)は上記2パターンの中間か。

この道路をどう名づけるか、正月の課題だったわけです(つづく)

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2010年1月 2日 (土)

勝沼を知る(その2 ワイン編)

勝沼のワイン観光は祝小学校前に集合して始まります。Dsc_0131a_3

ここに「ぶどうの国文化館」があります。

その横は「ぶどうの国資料館」です。

少し歩いて「天覧葡萄宮光園」の碑があるので、以降はここを中心とします。Dsc_0135a

碑を右に曲がります。Dsc_0133a_2

そうすると古い蔵の「メルシャン葡萄酒資料館」が現れます。(夏まで休館中)

その前の庭は不思議空間です。Dsc_0143a_2

碑やら灯篭が並んでいます。

その前は大黒天印の「宮崎葡萄酒醸造所」跡の古いDsc_0144a_2門。

天覧碑の西へ歩くと何やら塚のようDsc_0138a_2なものがあって、これが「土屋龍憲セラー」

天覧碑に戻って北へ歩くDsc_0146a_2 とメルシャンワイン資料館があります。

さてここからはワイナリーを回りましょう。

日川を渡るとシャンモリです。Dsc_0148a_3

ここはフレンチ・レストランで有名です。

その反対側はアイスのシャトレーゼのワイナリー。Dsc_0149a_2

この駐車場でかつぬま朝市が開催されます。

ここから戻ります。

天覧碑の前の好立地はワイン色の蒼龍葡萄酒。Dsc_0136a_2

祝小の西側は岩崎醸造。Dsc_0154a

南側には山梨ワイン醸造。Dsc_0128a_3

ここは純和風建物が珍しい。

西へ歩くと勝沼醸造。Dsc_0152a_2

少し先を左に折れて小さな川を渡るとルミエール。Dsc_0153a

ここの住所は勝沼ではなく一宮町。

さらにバイパスを渡ると丸藤葡萄酒。

東へ歩くとまるき葡萄酒。

今回紹介しなかった中央葡萄酒、白百合醸造、マンズワイン、原茂ワイン・・・書ききれない。

周辺の塩山や山梨市などにもいいワイナリーがあります。

また今度。

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勝沼を知る(その1)

県民でも勝沼はよく知らない。

街の中心がはっきりしないので道がよくわからない。

34号沿いの旧田中銀行周辺は調査しましたので他を見学しました。

まずは近代遺産を中心に。

最初は祝橋。Dsc_0118a_2

国の有形登録文化財で近代化産業遺産です。

初めて見たけど意外と新しい。三代目のようです。

昭和5年竣工で眼鏡橋と呼ばれるコンクリートアーチ橋です。

普段よく通る新祝橋からよく見えなかった。

次は勝沼堰堤。

要するに古いダムですね。国の有形登録文化財。

これも存在は聞いていたもののどこから入るのかがわからなかった。

古いからか滝のように自然にマッチしている。Dsc_0161a_2

周りの風景とも合っています。

氷のツララができていてきれいでした。

夏に来ようと思います。

堰堤の前にある大善寺。

ワイン寺として有名ですが国宝でもあります。

国道20号の通行量が多いので横目で見るばかり。

しかも普段は駐車料が必要だったと思う。

それで入口近くの建物しか見たことがなかった。

階段を上がると立派なお堂が出現。Dsc_0182a_2

かっこいい。

盆地の眺めも素晴らしい。

なぜ、今まで来れなかったかと考えると、国道との位置関係と建物の配置で損していることがわかりました。

一度行けば今度は大丈夫。

(つづく)

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2009年8月17日 (月)

今年も洞窟探検

去年は西湖近くのコウモリ穴。

今年は富岳風穴。

ガスや溶岩が噴出して空洞になりました。

上九一色の青木ヶ原樹海の中にあります。

中は天然の冷蔵庫。Dsc_0211a Dsc_0202a

真夏でも氷柱があります。Dsc_0204a

寒い。

種苗や繭玉の貯蔵に使われていました。

大正から昭和30年代の養蚕の盛んな時期には、良質な繭玉を保存して成虫にならないようにして、夏と秋の繭用にするためです。

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2009年7月 5日 (日)

哀愁の東京湾フェリーと行く手を阻む鋸山

4月に強風のために断念した千葉の鋸山へ行くことにしました。

普通に行くのはつまんないので三浦半島経由で。

久里浜港から東京湾フェリーで行くことにしました。

京急で久里浜まで行き、バスで10分ほどでフェリー乗り場へ。

結構でかい。中も広い。Dsc_0009a

片道750円。車とか自転車も乗せられる。

空いているので快適。デッキに登ったり中でくつろいだり。

晴れていればもっといいと思う。Dsc_0014aいいデートコースだよね。

35分で浜金谷港へ到着。

このあいだの回転寿司屋へ。混んでいる。

アクアラインとかが上限1000円になったので土日は首都圏から結構来ているのでは。

800円になればもっとすごいと思う。

そうなると東京湾フェリーもなくなっちゃうかも。

Dsc_0035a

ロープウェイまで歩いて乗った。

上に行くと雨がかなり降っていました。Dsc_0022a_2 Dsc_0026a Dsc_0033a_2

頂上を眺めて、日本寺の入口まで行って帰ってきました。

天気がもう少し良ければなあ。

浜金谷の街並みは実は面白い。Dsc_0039a Dsc_0041a

山から切り出したのか石塀もある。

お店もあってむかしは栄えていたのか。

人は歩いていないけど。

雰囲気は沖縄の島に似ている。

時間があったので浜金谷から下り線で岩井まで行って戻りました。Dsc_0060a

内房は忘れがちだけどディープな気がする。

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2009年4月28日 (火)

北烏山は小京都

北烏山には関東大震災でお寺がたくさん引っ越してきたそうです。

それで小京都らしい趣の街並みになっています。

千歳烏山に行く用事があったので訪ねてみました。

北口から甲州街道を渡る。

「寺院通り」とある。

そろそろ街並みが始まると思いきや間違い。

さらに歩いて中央高速を越えないといけない。

越えると突然雰囲気が変わる。Dscn0113a_2

ウォーキングしているおばさま達多数。

つつじがきれい。

もっとも久我山よりの高源院で最後。

ここは池がすばらしい。Dscn0115a Dscn0118a Dscn0120a

都会にあるとは思えない。

楽しい北烏山の旅でした。

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2009年3月 5日 (木)

藤原ヒロシとの違いに驚く

本屋さんで話題の本を見ていたら、

川勝正幸著「丘の上のパンク -時代とデュエットする男、藤原ヒロシ半世紀」(小学館)と言う本が目についた。

パラパラ読むと、僕と同じ時代をほとんど同じ関心を持っていたことに気づく。

2つ違い。

間違いなく80年代以降の流行を駆け抜けた男と断言してもよい。

ところが今の僕と藤原ヒロシの違いに改めて驚く。

人間こうも違ってしまうのか、と。

これは一言で行動力の差だと思う。

だって周りに居る人がすごすぎるもん。

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2009年1月12日 (月)

世界三大がっかりをじっくり

まあ「世界三大がっかり」といえばマーライオン、人魚姫と小便小僧でしょう。

お約束で見に行きました。Dscn2802a_2 Dscn2810a

グラン・プラスの朝も堪能。

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