2011年1月 1日 (土)

元日は小林一三

Dscn1955a 元日に韮崎を調査しました。

よく知らない。

まず、小林一三の生家跡。

河原部村(現在の韮崎市)の豪商「布屋」。

現在の「にらさき文化村」(韮崎市本町一丁目)の敷地になります。

明治6年1月3日に生まれたので一三。

韮崎学校のあと八代村の成器舎、慶応と進みました。

建物は、昭和44年4月に宝塚ファミリーランド内に移築されていましたが、阪神・淡路大

震災後に撤去されているそうです。

甲州財閥の小野金六の生家も本町通りにあります。

「富屋」という酒造業。

韮崎市民俗資料館に移築されています。

顕彰碑は若宮八幡宮にあります。Dscn1964a

本町の甲府信金の敷地には本陣の碑がありました。

旅館清水屋、井筒屋醤油店などが見もの。

富士川舟運が鰍沢から船山河岸まで延びました。

韮崎下宿には「鰍沢横町」という看板が立っていました。Dscn1967a

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2010年9月 2日 (木)

雨宮製作所と車内自販機

大井川鉄道には雨宮製作所の気動車があったはず。

初のガソリンカー。

キハ50形51・52 - 自社発注車

みませんでした。

甲州財閥の雨宮敬次郎の会社。

北海道遠軽町の森林公園いこいの森にはSL雨宮21号が動態保存されています。

その代わり、旧南海電鉄のズームカーだと思うけど、車内にダイドーの自動販売Dsc_0188a機がありました。

最初、珍百景かと思いました。

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2010年6月27日 (日)

中銀金融資料館

甲府です。

再開発が進んでオリオン通りも屋根がなくなっていました。Dscn1114a

大京の20階建てがもう少しで完成。

山梨中央銀行の金融資料館を訪ねました。

金融というか貨幣そのものの収集に力が入っています。

貨幣制度がめまぐるしく変更するのに混乱はなかったのか?

インフレとか金融政策はどうだったのか?Dscn1116a_2 Dscn1119a

外国や複数の発行元などとの交換や決済はどうだったのか?

庶民や地元産業、甲州財閥によるM&Aなどとの関わりは?

こういった視点に乏しくよくわかりませんでした。

ペーパー資料もなくもったいない気がしました。

甲府銀座を歩くと相変わらず人が歩いていませんでした。

あっちから人が来るなあと思ったら東大教授のロバート・キャンベルさんでした。

甲府でイベントでもあったのかなあ。

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2010年3月30日 (火)

片倉は近代産業史そのもの

(続く)

八木橋から旧中山道を歩いてサティに着きました。

別にショッピングに興味ない。

この敷地内に片倉シルク記念館があるのです。Dsc_0056a

片倉工業の熊谷製糸工場の跡地だったわけです。

イオンに賃貸しています。

2階に上がると会社の歴史パネルや写真があって興味深く見学しました。

その歴史をながめると日本の近代産業史そのもの。Dsc_0059a Dsc_0061a_2

そういえば富岡製糸場も合併していましたね。Dsc_0065a

なんと学校なんかもあって当時の人気企業だったのでしょう。

御法川式繰糸機を大量納入したそうで実物も展示されています。Dsc_0062a

みのもんたと関係あるか探したけどなかった。

8月14日深夜の空襲では奇跡的に被災を免れました。Dsc_0064a

その地図を見ると工場北側に小さなお店群があったようです。

この工場は平成6年まで操業していたそうです。

1970年頃から製糸業は衰退しはじめています。

石和に園芸店のカタクラは1975年3月開店だそう。

韮崎駅前の工場は今、ライフガーデンとケーヨーになっています。

片倉工業の第三次産業への展開としては初期のほう。

他の繊維や紡績業の会社とはちょっと違う方向の気がする。

カネボウ、サイボウ、シキボー、クラボウ、ユニチカ、富士紡、東洋紡・・・

まあ跡地に有効利用という点では同じか。

隣の蜂の巣倉庫は移築したもの。

蜂の巣状になっていて繭を先入れ先出しできるようになっています。

外にはたくさんの種類の桑が育てられています。Dsc_0066a

片倉の意地が感じられました。

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2009年11月15日 (日)

大森銀行と長崎のかかし

Dsc_0024a 大森銀行を見に行きました。

大森銀行というと共産党のギャング事件を思い出しますがあれは川崎第百銀行大森支店です。

こちらはかつて山梨県にあった(当時第3位の資本金)銀行で昭和10年に第十銀行(現在の山梨中央銀行)に吸収されていました。

まあ昭和の大恐慌とともに消えたのでしょう。

大森銀行本店は甲府にありましたが、経営者の大森慶次郎の住宅兼八代支店(昭和12年まで)でした。

建物は父親で大地主の大森嘉四郎(よしろう)が山梨市から移築した武家風様式になっています。築年は明治18年だそう。もっとも銀行業務Dsc_0006aは隣の蔵のよDsc_0004aうな建物。

慶次郎夫妻の写真もあります。  Dsc_0012a

大森家直系は絶えてしまい、分家は2、3家近くにあるそうです。

中は八代町の郷土館として民俗用具などが展示されています。

大森銀行の資料、八代尋常高等小学校の写真(大正6年)、根津ピアノ、電話(あの有線放送のものもあるよ)、タイガー計算機(東京天文台でみて以来)、雑誌、教科書、養蚕関係の機械、農機具、生活用品などたくさんありました。Dsc_0014a

根津ピアノは保存状態も良く、鳴らしてみました。Dsc_0009a

電話のところには南八代郵便局公衆室には昭和4Dsc_0016a Dsc_0017a 年3月21日に、大森銀行には昭和5年に設置したとありました。

額には表彰と民俗資料収集委員会のことが書いてあって昭和40年頃から収集したようです。

同じ敷地内には旧石原家住宅という茅葺農家の家が移築されています。Dsc_0023a

残念ながらその後屋根が焼けてしまったそうです。

石原家は郵便局の南にあったということなので町長さんの家かもしれません。

あの通りは祝日に国旗をずらーっと出す家が並んでいて子供心に気味が悪いと思っていました(ごめん)。

住所としては残っていませんが、この辺りは長崎という地区名です。

かかし祭りがあって子供のときに来た覚えがあります。Dsc_0026a

少し歩くと荒神堂という広場みたいな場所があって急に思い出しました。

お祭りは夜なのでわからなかった

おばあさんが歩いてきたので聞いてみたらやはりそうだとのこと。

ここには長崎の養蚕組合の碑もあってしばし見まわしました。

それにしても看板もなくわかりにくい場所です。県道に付けて欲しいものです。

それから火木土日だけなので要注意です。

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2009年11月 5日 (木)

羽根木公園は根津山

梅ヶ丘にある羽根木公園。

北側の東松原のほうに看板があるのを見つけました。Dscn0579a

「大正時代末期敷地の一部が、根津財閥の所有であったことから根津山と呼ばれるようになり・・・」

東池袋にも根津山がありました。

「中西の森」の場所で今の豊島岡女子学園中学校・高等学校辺りの丘です。

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2009年9月27日 (日)

三渓園でお茶をいただく

根岸に行ってみた。

根岸競馬場は行かず三溪園に。

富太郎(三渓)は原善三郎の孫娘の婿。

益田孝、根津嘉一郎、小林一三などと並ぶ数寄者、パトロン、美術収集家ですねDsc_0006a

三溪園は小京都のよう。 Dsc_0026a Dsc_0040a Dsc_0003a

茅葺の古民家などもある。

記念館では生糸商人として篤志家としての年譜もあります。Dsc_0008a Dsc_0009a

茶人ですからお茶もいただけます。

400円。

僕も点ててみました。Dsc_0011a

なかなかいいもんです。

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2009年9月 6日 (日)

スカイツリーは20%完成

押上に建設中の東京スカイツリー。

高さは610.58mで2年後の2011年12月に完成予定です。

8月28日現在で126m(ウェブサイトに現在の高さが出る)です。

「ALWAYS 三丁目の夕日」なんかの昭和ノスタルジーで語られる東京タワーの建設中の画像がありました。

スカイツリーも同じように建設前と建設中の写真を撮っておきたいと思う。

それで行ってみました。

実際かなりの人が撮っていました。

北十間川沿いがいいポジション。

東側からだと東武線や遠くに浅草がみえます。Dsc_0080a

西側からだと遮るものがないので下もよくみえます。

ついでに東向島にある東武博物館に行きました。

リニューアルしたばかりです。

根津嘉一郎関係のものは見つかりませんでした。

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2009年7月 9日 (木)

絵葉書による今昔散歩

明治から大正にかけて絵葉書ブームがありました。

彩色したものです。

前に書いた甲府出身の日下部金兵衛が有名。

写真が一般的でなかった時代ですから当時の様子を伺う貴重なものとなります。

これを現在と対比した本。

古地図と現在も対比してある。

原島広至著「横浜今昔散歩」(中経の文庫)

大変興味深い。

これには東京版もある。

原島広至著「東京今昔散歩」(中経の文庫)

絵葉書収集しようか。

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2009年6月10日 (水)

明治初期の甲府生まれの写真師

明治初期に活躍した写真師がいます。

日下部金兵衛

天保12年(1841年)甲府の生まれ。

イギリス籍のベアト・ワーグマンに師事。

明治10年頃に横浜の弁天通2丁目36番に金幣写真館を開業します。

成功して次々に支店を出します。

明治23年(1890)に本町通7番に移転。

着色した外国人向けの土産用の写真で大成功。

金幣アルバムとして人気が出ました。

その後絵葉書ブームに押されて大正元年(1912)に引退

2年後の大正3年(1914)に廃業。

晩年は日本画を描いて余生を送りました。

昭和7年(1932)4月、92歳で世を去りました。

横浜開港資料館や東京都写真美術館などに所蔵されています。

金兵衛が絹にプリントしたものがある。

きっと甲州財閥も撮ってるんじゃないの?

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