2009年12月12日 (土)

山形には近代建築が残っていた

結構変な県であることがわかったきた山形県。

山形市に来ています。

変わっているうえに、近代建築も残っている。

山梨と同じく擬洋風建築がたくさん建てられことは知っていました。

繁華街は大沼デパートのある通りで、やっぱりJR山形駅から離れている。Dscn0729a

断然東側が面白い。Dscn0728a Dscn0725a

町名も残っています。

来てみると有名でない建物も面白い。Dscn0732a

小ぶりで低いビルが連たんしています。

おそらく空襲でやられなかったんじゃあないかな。

道路が広いのでちょっとした外国に来たみたいです。

街をブラブラしながら見学は次のところでした。

山形県の象徴とも言うべき文翔館。Dscn0700a

国指定の重要文化財。

大正5年6月完成の英ルネッサンス様式。

設計は田原新之助。

昭和50年まで県庁でしたが今は山形県郷土館。

赤レンガの県会議事堂とは渡り廊下で結ばれています。Dscn0710a

東へ歩くと教育資料館へ。

旧山形師範学校の本館で、国指定重要文化財です。Dscn0717a

ルネッサンス様式。

中は各年代の教育関係の資料が展示されています。

古い写真が多くて関心しました。Dscn0742a

最後は、霞城町というお城の中にある旧済生館。Dscn0739a

重要文化財で山形市郷土館になっています。

三層の洋風楼建築で不思議な建物というかユーモラスというか気味悪くも見えます。

明治11年に県立病院として完成されて医学校が併設されました。

だから中は医療関係の資料が展示されています。Dscn0744a

擬洋風建物の年譜もありましたが、山梨の建築物は書いてありませんでした。

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2009年12月 6日 (日)

まだまだ紅葉の秩父長瀞

久しぶりに日曜日に晴れました。

今年の紅葉は長いみたいです。

それで秩父方面に行くことにしました。

金曜日に西武線は不通になったので心配でしたが西武池袋線の準急で。

飯能を過ぎると山。紅葉がいい。

西武秩父からお花畑駅へ行ったけど電車の時間があるので秩父駅まで歩くことにしました。

秩父神社の参道のような感じ。

この小さな商店街が衝撃的でした。

なんと近代建築の宝庫だったのです。Dsc_0008a Dsc_0009a Dsc_0010a Dsc_0014a

予備知識がなかったのでびっくり。

木曜日には秩父夜祭りがあったからか屋台が出ていました。Dsc_0007a

秩父駅から秩父鉄道で長瀞へ。Dsc_0021a Dsc_0030a

長瀞といえば荒川のライン下りですが山側へ。

ここも宝登山(ほどさん)神社の参道になっています。

緩い坂を20分くらい歩くと宝登山ロープウェイがあります。Dsc_0045a Dsc_0050a

明日から2週間ほど運休のようです。危なかった。

紅葉を眺めながら上に到着。

今日は下界がよく見えた。秩父のほうも見えました。

降りて、今度は荒川のほうへ。Dsc_0061a Dsc_0063a

岩畳がすごいね。

長瀞駅がいい。Dsc_0073a

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2009年11月 1日 (日)

ホフマン輪窯と旧中山道

11月にしては異常の暑さの中、深谷へ。Dsc_0001a

ホフマン輪窯(わがま)が2日間だけ臨時公開されるというので。

渋沢が創った日本煉瓦製造株式会社の旧煉瓦製造施設。

国重要文化財。

深谷駅から線路跡を遊歩道「あかね通り」にしてあるけどとても歩けない距離なんです。

前回、渋沢の生家までタクシーで行くしかなくて不便でしたが、今回も1610円Dsc_0011aかかりました。

着くとかなりの人が集まっていて説明を受けている。

ヘルメットを被って中へ。

中も煉瓦でできている。Dsc_0016a Dsc_0025a

勝沼の中央線のトンネルを思い出す。似ている。

楕円状の形をしていて火をぐるぐる回して煉瓦を焼き続けるらしい。

だから輪窯という。Dsc_0033a Dsc_0044a Dsc_0040a

外に出て木造洋風建築の旧事務所と煉瓦造りの旧変電所も見学する。

こちらは富岡製糸場を思い出す。

帰りは深谷商業高校で降ろしてもらって記念館を見る。Dsc_0054a

これは大正時代の洋館です。

旧中山道を歩いてみた。

煉瓦造りの建物も残っている。Dsc_0063a Dsc_0067a Dsc_0074a_2 Dsc_0080a_2 Dsc_0073a

特に酒造会社の煙突が見もの。

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2009年10月18日 (日)

Even the Japanese ~

日光に行ってきました。

まだ紅葉にはチト早いと思ったけど天気がいいので。Dsc_0004a

宇都宮経由で。

お昼になったので餃子を食す。U字工事を思い出した。

JR日光線って30分に1本なんだもん。Dsc_0009a

JR日光駅について観光案内所で地図などもらう。Dsc_0015a

中禅寺湖や華厳の滝は無理なので日光東照宮を中心とすることにしました。

もしかして東照宮初めて。

世界遺産人気なのか外国人多数。

ガイドブック片手に迷っている。

ところが僕もよくわからない。

日光は地図や看板が本当にわかりにくい。

バスに乗ったけどどこ行きなのかもわからない。

日本人も外国人もキョロキョロ、そわそわしている。

日本人だって観光客なんだから聞かれても分かんない。

「Even the Japanese doesn't understand the operation of the bus!」なのだ。

バスの中でどうして分かりにくいか考えてみました。

地図とかもどうでもいい情報が多すぎるのです。地名とか。

なんでも盛り込んでいるので何がなんだかわかんなくなっている。

半日を過ごす観光客なんておいしいところだけ摘むだけなんだから、モデルコースのように単純化してほしいものです。

東照宮のそばの寺やら宝物殿とか誰も行かない。でも地図にはたくさん載っている。

結局、世界遺産周りのバスで終点の二荒山神社で降りて歩けばいい。

実際にほとんどの人はそうしている。

リピーターとか何か別の目的のある人以外はこれでいいのです。

東照宮はチケットも2種類あってわかりにくい。猫のなんとかを見なければ安いほうでいい。

東照宮は思ったより小さかった。神仏習合なので神社なのにお経が流れています。

見ざる言わざる聞かざるの写真をパチリ。Dsc_0024a Dsc_0028a Dsc_0037a Dsc_0050a

東照宮は建物より杉の木などの自然がすごいと思いました。Dsc_0022a

日光街道や日光例幣使街道もね。

それから東照宮といえば陰陽道。

陽明門と鳥居を結んだ線上に北極星が来るらしいけどわからない。

地図で見ればその線の真南に江戸があるというのはわかる。

建物も北斗七星になっているのは地図で確認できます。Dsc_0068a

下ってくると神橋。

そのそばに板垣退助の像があると思ったら金谷ホテル。

ヘレンケラーやイザベラ・バードも泊ったクラシック・ホテル。Dsc_0078a Dsc_0082a Dsc_0087a Dsc_0088a

中に入って写真を撮らせてもらう。

前身にカッテージ・インから130年以上。

ベーカリーでジャムとクッキーを買う。Dsc_0097a

帰りは東武の「きりふり」で帰りました。Dsc_0112a

今日は夕日がきれいでしたよ。

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2009年9月16日 (水)

一丁倫敦のカサブタ

丸の内は一丁倫敦と呼ばれました。

最初にできたオフィスビルは三菱一号館。

設計はジョサイア・コンドル。

重要文化財になりそうになったので慌てて昭和43年に取り壊し。

さらに三菱商事ビル・古河ビル・丸の内八重洲ビルを全て取り壊してしまった。

今年の4月に復元完成。

丸の内ブリックスクエアとして丸の内パークビルが後ろにそびえる。

復元ビルによくあるカサブタ式になっています。

容積率の積み増しがあるからな。

低層の復元ビルの後ろに高い近代ビルがそびえる形。Dscn0488a

東京銀行協会ビルのひどいやつが有名。

きっと東京駅前の中央郵便局の旧局舎もそうなるに違いない。

来年4月に三菱一号館美術館ができます。Dscn0483a

現在、展覧会が開かれているので観てきました。

中も古めかしく造ってありますが、重厚さはあまりない。

丸の内パークビルとの中庭は昼休みにいいかも。

Dscn0485a

一号館とは直接関係ないものだけど展示物に興味深いものもあった(三越の広告に「甲州増冨ラジューム鉱泉」がありました)。

監視している女性は偉そうで「そんなに張り切らなくても」という感じ。

まあ、森ビルの六本木ヒルズ、三井不動産のミッドタウンに対抗して地所の巻き返しということです。

内容の割に500円は高いと思う。

はああ。疲れた。

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2009年8月18日 (火)

牧丘町赤芝地区もいい感じでした

日本の原風景のような村。

これまで芦川村鴬宿、塩山市上条、山梨市切差、早川町赤沢、西湖の根場などを訪ねました。

気になっていた牧丘町赤芝地区を訪ねました。

鼓川は鼓川温泉辺りで赤芝川と合流します。

その赤芝川を上っていったところにあるのが、膝立、赤芝の地区です。

ここは秩父裏街道と言われ、雁坂峠から赤芝を通って切差から太良峠を越えると甲府の躑躅ケ崎の武田館に出ることができます。

江戸時代になっても重要性は変わらず、関所「鍵懸の関跡」があります。

林道を通りたいと思ったのですが、動物の進入を防ぐフェンスが外せずあきらめました。きっとクマとか出るのでしょう。

この地区には切差同様に甲州式の突き上げ切妻造の茅葺民家が多数残っていて素晴らしい。Dsc_0266a

写真のポイントを探していたらあっと言う間に時間が過ぎました。

ご老人が野良仕事をしているのを見かけます。

高齢化の進む山間集落ですが住んでみたい気がする。Dsc_0268a

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2009年7月14日 (火)

甲府市内滅亡史

甲府市内を数十年ぶりに歩いてみました。

小中学生の頃、バスに乗って岡島辺りによく降りました。

映画、デパート、マクドナルド、本屋、スポーツ用品店、カメラ店など回ったものです。

オリオン通り、スクランブル交差点、西友(中込)、平和通りと歩いて山交デパートのターミナルからバスで帰るコースでした。

さて30数年たってどうなったでしょうか。

まずバスというものがなくなりました。

バスターミナルというものが存在しません。

今は吉野家とスターバックスの間辺りです。

平和通りは午前中ですがシャッター通りと化していました。

かろうじてオモチャ屋さんが残っていました。Dsc_0035a

西武(県民情報プラザ)の跡は見るも無残。

スクランブル交差点の反対側は再開発がストップ中。

なんていっても日本綜合地所が倒産、ゼネコンはあの西松建設。

夢も希望もありません。Dsc_0009a

オリオン通りの角の万年筆屋さんは健在で懐かしむ。

でも通りはシャッター。

マクドナルドはあった。

岡島に入ってみました。

お客さんは少ない。お店が暗い。

さすがに心配になってくる。

春日モールもひどい。Dsc_0010a

映画館がこれだけだったか?

銀座通りも人がいません。

だいたい食事するようなところが見つからない。チェーンすらない。

柳正堂ってこんなに小さかったか。

ライオンズマンションや東横インなどビジネスホテルは昔なかった。Dsc_0013aDsc_0014a

逆に古い建物のシャッターチャンスではDsc_0024aある。  Dsc_0012a

どうなっちゃうんだろう。

甲州財閥の若尾家はNTTになっているはずけど、その近くに若尾医院を発見。 Dsc_0019a

ちょっとおしゃれなお店があったオリオン・イーストはそれなりのようだったけど活気はなし。Dsc_0023a

マルフルがあった辺りにカフェがある程度。 Dsc_0025a

そこから舞鶴城(甲府城)に抜けて観みる。

この辺はよく整備されています。Dsc_0028a

あと県庁と議会の建物はいい感じだけど、見せる意識はないようです。Dsc_0006a_2

今度は平和通りの西側を歩いてみる。Dsc_0030a

県立図書館があるほう。

小学生のとき通った眼科があるか確かめたかった。

あった。しかも立派になっている。

佐々木医院。

きっと跡取りがしっかり継いだのだろう。

ドブ川みたいだった川はみえない。

たしか小鳥屋さんがあったはずだけど無い。

裏道を通って甲府駅まで歩く。

小さな店や旅館はあるけど、大丈夫かなあと心配になってくる。

モータリゼーションの波は甲府を滅亡させたと言っても過言じゃないな。

郊外はもう少しマシだもの。

甲府駅北口は藤村記念館を建てるよう。Dsc_0040a

武田神社に移築されていた県令藤村紫郎の擬洋風建物をさらにここに移すようです。

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2009年7月 9日 (木)

絵葉書による今昔散歩

明治から大正にかけて絵葉書ブームがありました。

彩色したものです。

前に書いた甲府出身の日下部金兵衛が有名。

写真が一般的でなかった時代ですから当時の様子を伺う貴重なものとなります。

これを現在と対比した本。

古地図と現在も対比してある。

原島広至著「横浜今昔散歩」(中経の文庫)

大変興味深い。

これには東京版もある。

原島広至著「東京今昔散歩」(中経の文庫)

絵葉書収集しようか。

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2009年7月 5日 (日)

哀愁の東京湾フェリーと行く手を阻む鋸山

4月に強風のために断念した千葉の鋸山へ行くことにしました。

普通に行くのはつまんないので三浦半島経由で。

久里浜港から東京湾フェリーで行くことにしました。

京急で久里浜まで行き、バスで10分ほどでフェリー乗り場へ。

結構でかい。中も広い。Dsc_0009a

片道750円。車とか自転車も乗せられる。

空いているので快適。デッキに登ったり中でくつろいだり。

晴れていればもっといいと思う。Dsc_0014aいいデートコースだよね。

35分で浜金谷港へ到着。

このあいだの回転寿司屋へ。混んでいる。

アクアラインとかが上限1000円になったので土日は首都圏から結構来ているのでは。

800円になればもっとすごいと思う。

そうなると東京湾フェリーもなくなっちゃうかも。

Dsc_0035a

ロープウェイまで歩いて乗った。

上に行くと雨がかなり降っていました。Dsc_0022a_2 Dsc_0026a Dsc_0033a_2

頂上を眺めて、日本寺の入口まで行って帰ってきました。

天気がもう少し良ければなあ。

浜金谷の街並みは実は面白い。Dsc_0039a Dsc_0041a

山から切り出したのか石塀もある。

お店もあってむかしは栄えていたのか。

人は歩いていないけど。

雰囲気は沖縄の島に似ている。

時間があったので浜金谷から下り線で岩井まで行って戻りました。Dsc_0060a

内房は忘れがちだけどディープな気がする。

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2009年5月 4日 (月)

新緑の身延山とその裏側

どこへ行こうか迷った末に南方面に行くことにしました。

身延山のロープウェイへ。Dsc_0013a

残念ながら富士山は拝めず。 Dsc_0023a Dsc_0025a

北側に回ると南アルプスが見える。

早川の峡谷は教科書で習った糸魚川静岡構造線のフォッサマグナ(の西側)が露出している。

五重の塔が完成したそう。 Dsc_0005a

シダレザクラで有名だけどツツジがきれいでした。Dsc_0034a

山にはほんのり紫のヤマフジが見えました。

今度は山の裏側に回ってみました。

身延山と七面山の間。

早川を上って赤沢宿です。

何もない急な細い山道をどんどん上って行きます。

早川町というのは山梨でも秘境ですが、その中でもさらに山の中。

突然、山の急斜面に集落が現われてきます。Dsc_0074a Dsc_0076a Dsc_0097a

それも古い建造物と石畳。

旅館風の建物がたくさん残っています。

タイムスリップしたというか取り残されたというか。Dsc_0099a Dsc_0077a Dsc_0078a

もちろん重要伝統的建造物郡保存地区に指定されています。

気になったのは、以前来たときより人影がありません。

大丈夫かな赤沢宿。Dsc_0081a Dsc_0084a Dsc_0086a Dsc_0091a Dsc_0093a

僕は応援する。

こんど夏に行ってみようと思います。

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